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アイドル 2016年02月13日 16時24分
【帰ってきたアイドル親衛隊】私が出したファンレター読んでくれていた岡本舞子
小学生の時から土曜日の朝の7時台は日本テレビを見ていた。というのも『おはよう!こどもショー』の素人参加のちびっ子のど自慢に毎週のように観覧に行っていて、番組で何度か歌ったことのある番組だったので、この時間帯の番組に対する思い入れは、かなり強かった。『おはよう!こどもショー』が終了(1980年9月)しても習慣でこの時間は日本テレビを見るようになっていた。そこで始まったのが『モーニングサラダ』である。西城秀樹が司会で、マスコットガールとして伊藤つかさがレギュラー出演していたので、伊藤目当てで見ていたところもあったが、その伊藤が降板することになった。伊藤の後にレギュラーのマスコットガールになったのが、岡本舞子である。初々しくてカワイイ女の子で、次第に番組内容以上に岡本を見ることがメインになっていった。 そんな岡本が1984年に歌手デビューすることになった。84年デビューといえば、岡田有希子・菊池桃子・吉川晃司・荻野目洋子・長山洋子などがいる。アイドル激戦の年になったが、各局の音楽祭で新人賞にノミネートされ、メディアの露出度も増えてきた。惜しくも新人賞獲得には至らなかったが、レコードデビュー前から注目していた子だったこともあり、ずっと見て行きたいという気持ちになっていった。 音楽祭などで何度か岡本を観ていたのだが、実際にこの時はまだ会ったこともなく、話したこともない。ようやく岡本と会えたのは、85年の8月だった。3曲目のシングル『ファンレター』の発売直後である。TBSホールでのラジオ公開収録があって、多くのゲストが出演していたが、この時はピンポイントで岡本の出待ちをすることにした。この日は真夏の暑い時だったので、汗だくになりながら待っていた。数十分後に岡本が会場から出て来るのだが、ステージで観るイメージとちょっと違って、クラスにいるカワイイ女の子という感じだった。 実は以前に岡本にファンレターを出したことがあり、偶然であるが、この直前に発売されたシングルのタイトルが『ファンレター』ということに驚いた。初対面だったが、以前にファンレターを出したことがあると話すと「あー読みました。ありがとうございます」と答えてくれた。郵送として返事は返って来なかったが、実際に目の前で会って返事をしてくれたので、この瞬間は嬉しさのあまりニヤニヤしていたのを今でも思い出してしまう。その後2ショット写真も撮って、サインももらえたので、本当に満足して帰宅することができた。 以降も岡本が出演する公開番組などに足を運ぶようになったが、正直言うと人気もイマイチだった。次第に出演する場も少なくなってしまい、87年1月に発売された7枚目のシングル『さよならペガサス』を最後にシングル発売が終わってしまった。事実上ラストとなったシングルは、87年7月に公開された岡本の主演映画『舞妓物語』の主題歌となったが、この映画を最後に芸能界を引退。シングルデビューするまでの芸能活動をやっていた期間はあったが、アイドル歌手としては、約2年半という短い期間で引退してしまったのは、ファンにとっては非常に残念である。シングルの発売は合計7枚で、オリコン最高順位だったのは、6枚目のシングル『ナツオの恋人ナツコ』の40位なので、競争社会の中では仕方ないことかもしれない。でも引退直前に映画の主演もこなしたので、アイドル歌手から女優へとシフトするという考えは無かったのだろうか? この引退は本当に残念である。 引退してから表舞台に出ることは一切ない岡本だが、2004年に『岡本舞子コレクション』というベストアルバムが発売されていて、当時の音源がすべてCD化されたことで、ファンだった人はもちろんだが、アイドル歌謡好きの人にも目に止まり、岡本の愛した音楽は今でも私の心の中では、生き続けている。現在は45歳になって一児の母になっているそうだが、きっと幸せな人生を送っていることだろう。(ブレーメン大島=毎週土曜日に掲載)【ブレーメン大島】小学生の頃からアイドル現場に通い、高校時代は『夕やけニャンニャン』に素人ながらレギュラーで出演。同番組の「夕ニャン大相撲」では元レスリング部のテクニックを駆使して、暴れまわった。高校卒業後は芸人、プロレスのリングアナウンサー、放送作家として活動。現在は「プロのアイドルヲタク」としてアイドルをメインに取材するほか、かつて広島カープの応援団にも所属していたほどの熱狂的ファンとしての顔や、自称日本で唯一の盆踊りヲタとしての顔を持つことから、全国を飛び回る生活を送っている。最近、気になるアイドルはNMB48の三田麻央。
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芸能ネタ 2016年02月13日 16時18分
清原を“売って”マスコミをうまく利用した元大リーガー
オリックス、巨人、大リーグで投手として活躍した元プロ野球選手の野村貴仁氏が12日、高知市内の自宅近くで約2時間にわたって取材に応じ、覚せい剤所持容疑で逮捕された元同僚の清原和博容疑者について語った様子を、一部スポーツ紙が報じている。 野村氏はここ数日、連日、高知市内の自宅で取材を受けたが、まるで仙人のようなヒゲをたくわえ、自宅の中は“ゴミ屋敷”のような状態。ろれつは回らず、目はうつろ。06年には覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されたこともあるだけに、ネット上を中心に良からぬうわさが広まっていた。 しかし、12日はヒゲをそってサッパリ。1998年から01年までの4年間、巨人で清原容疑者とともにプレーしていたが、清原容疑者が薬物を始めた時期や受け渡しを含む2人のやりとりに関しては、「皆が想像しているとおりですよ。(マスコミが)僕のところに取材に来るというのがすべてでしょう」と具体的な言及は回避。当時、異様な雰囲気を感じ取ったそうで、野村氏が清原容疑者に「これ以上やらない方がいいですよ」と忠告したことがあったというのだ。 さらに、この日は往年の姿をよみがえらせるような投球ぶりを披露。野球教室を運営し、金銭的にもそれほど困っていないことまで明かしていたというのだ。 「『(清原容疑者の)公判が終わってからしゃべります』と核心部分は語らなかったというが、そうすればまたマスコミが自分のところに足を運んでくれる。インタビューで20万円のギャラを提示し、それを支払ったところもあるというから、野村氏にすればしてやったりか。マスコミはうまく利用されてしまったが、さすがに、球界からお声がかかることはなさそうだ」(ワイドショー関係者) 野村氏が清原容疑者に関して、どんな“爆弾”を抱えているのかが注目される。
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レジャー 2016年02月13日 16時00分
今日のキャバ嬢ごはん(16)〜納豆を混ぜる回数にこだわる美紀〜
生田美紀(22歳・仮名) 7月10日は私にとって人生を決定付けた日だと言っていい。なぜならこの日は誕生日であり、納豆の日だから。小学生の頃、親が冗談で「あんたは納豆の日に生まれたから、これ食べなさい」と納豆を買ってきた。でも正直、その時はおいしさがわからず、1口だけ食べ、私は渋い表情で箸を置いた。それから数年後、中学生になったある日、親が隣で食べていた納豆が妙においしそうに見えて、再度、挑戦。食は慣れだと言うけれど、ある程度、納豆の味が脳に記憶されていたからなのか、すんなりと受け入れることができた。それどころか、私はその瞬間、納豆のおいしさに気が付いたのだ。 今では1年で1番食べるものは納豆であるくらい、人生に欠かせない食材となった。そんな納豆を食べる上でもっとも重要としているところは混ぜる回数。納豆を数回混ぜるだけの出不精な人間とはわかり合えないと思う。私は最低でも100回は混ぜないと納豆に失礼という確固たる信念を持っている。 まず納豆は混ぜることにより、豆がほぐれてネバネバ感が増す。それを続けることで50回目ぐらいには、混ぜた泡が豆の1つ1つに行き渡り、納豆本来の食感が浮かび上がってくる。さらに混ぜ続け、100回へ到達する頃には、太くなった糸が納豆全体を支配し、まろやかな味わいと強い粘り気を演出してくれるんだよね。だから混ぜている間は、これからおいしい納豆を食べれるというワクワクが止まらない。めんどくさいからといって手間を惜しんじゃいけないんだよ。 納豆を食べる際はタレとからし、そして少量の醤油を加えるのが私のスタイル。ご飯にかける人も多いけど私はそのまま派だね。小食だから量的にも丁度良い。だからよくコンビニで買って、キャバクラの控え室で食べてた。でもこの前、先輩から「ちょっとアンタさぁ〜! 毎日毎日、臭いんだけどぉ〜!」って怒られてしまったよ。だから今は仕方なく出勤前の自宅で納豆を食べてる。この食生活だけはやめられないからさ。これからも体に良い納豆を食べて、バリバリ働くよ。(取材/構成・篠田エレナ)写真・Kinchan1
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ミステリー 2016年02月13日 16時00分
「獣人」は本当にいるのか? スペインの未確認生物「バサジュアン」
先日、スペインで撮影されたある動画が世界中で話題を呼んだ。 スペイン国内のスキー場で撮影された動画なのだが、雪の斜面で木々の間から白い毛に覆われた大きな生物が姿を現すシーンが一瞬だけ映り込んでいるというものだ。映像を拡大してみると生物は二足歩行していることがわかるため、これはビッグフットに近い獣人が写り込んだものではないか? として話題になったのである。 アメリカのビッグフットやヒマラヤの雪男など、世界各地に獣人型UMAの目撃証言は存在する。欧州でも伝説上の存在として毛むくじゃらの獣人の話が伝わっているが、やはり前述の有名所と比較すると実在性が低いと見られているものが多い。しかし、スペインにはかつて獣人型UMAの目撃証言が存在していたのだ! その名はバサジュアン。初めて目撃されたのは1968年で、スペインのバルセロナ郊外にて高速道路を横断しているところを目撃されている。1993年にはピレネー山脈に存在する教会の廃墟周辺で目撃が相次ぎ、2011年にはピレネー山脈を撮影した写真にバサジュアンらしき人型生物の姿が映り込んだとして注目を集めた。 バサジュアンの存在は15世紀には知られていたようで、伝説では人間と獣の中間のような存在で、洞窟の中に住んでいるという。目撃例によれば身長は1.5〜2メートル程度、全身が毛に覆われ長い鬣を持っている。怒った猫のような声を上げて俊敏な動きで逃げていったという話もある。 果たして、今回の動画に映ってしまったのは伝説のバサジュアンなのだろうか? 問題の動画が撮影されたスキーリゾートの経営陣は、客の不安を解消するためリゾート近郊の一体を捜索したが、動画のような生物は見当たらなかったため、心配する必要はないとしている。※写真はオーストラリアに住むとされる獣人「ヨーウィー」のイラスト文:和田大輔 取材:山口敏太郎事務所
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アイドル 2016年02月13日 15時52分
NMB48山本ら、阪神タイガース優勝の際は無料でビールの売り子に!
NMB48の山本彩、薮下柊、木下春奈、川上千尋が12日、都内で行われた阪神タイガースを応援する女性ファン“TORACO”を応援する「TORACO応援隊長」就任発表会見に出席。阪神タイガースが優勝した際には「甲子園球場で無料で売り子をする」ことを高らかに宣言した。 普段から大の阪神ファンだという4人。「TORACO応援隊長」に就任し、この日はタイガース愛溢れる野球トークに華を咲かせた。 木下は今成亮太選手の大ファンだといい、「ずっと応援しています。今、タイガースはサードのポジション争いが厳しいですが、今成さんはきっと勝ち取ってくれると思います」と大好きな今成選手にエール。阪神の本拠地である甲子園球場の魅力についても「甲子園球場って食べ物がすごくおいしいんですよ。食べるご飯を楽しみに遊びに行くのも球場に足を運ぶ楽しみのひとつ」とにっこり。 薮下は岩田稔選手を家族ぐるみで応援しているといい、「甲子園に行く時は試合によって応援する席を変えています。タイガース好きの熱い方と一緒に阪神の応援歌を歌うのが大好きです」としみじみ。川上も「藤川球児選手を昔から応援しています。今年は頑張ってほしい」とコメント。山本もドラフト1位の高山俊選手を応援しているといい、「わたしと同じ歳。頑張ってほしい。高山選手について調べれば調べるほどもう期待しかない」と話し、それぞれタイガース愛を熱っぽく口にした。 記者との質疑応答では「タイガースが優勝したら何かご褒美を」をとリクエストされ、山本が「甲子園球場で売り子をやります! もちろん無料で!」と高らかに宣言。木下が「本気で売上一位を目指しますよ!」と意気込むと会場は大盛り上がり。山本は「今、タイガースは絶賛キャンプ中。中継も飽きずに見ていられます。わたしたちのなかでシーズンはもうはじまっているんです」と嬉しそうに語っていた。(取材・文:名鹿祥史)
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芸能 2016年02月13日 15時38分
小林麻耶 今度はホリエモンらと作家デビュー
12日、都内で、福岡WEB小説「ぴりから」発表会が行われた。 小説執筆を担当したのは、起業家の堀江貴文氏、モデルの田中里奈、放送作家の鈴木おさむ氏、フリーアナウンサーの小林麻耶の他、『ビリ ギャル』著者で塾講師の坪田信貴氏、『伝え方が9割』の著者であるコピーライターの佐々木圭一氏、直木賞作家の東山彰良氏の7人。 現在は第1弾となる堀江氏の『1991年俺のDESIRE」が配信中で、同作はホリエモンと呼ばれる以前の自身を元に書いた作品とのこと。堀江氏は「何でもできると思っているけど何もできていない。そして彼女もいない」と当時のモヤモヤした心境を回想し、「7割くらいは実話です。オチも実話なんです」と明かした。 さらに、先月リリースの『ブリカマぶるーす』での歌手デビューに続き、小説にも初挑戦した小林は、自身の書いた『ニュースワイドの時間です。』の完成までのエピソードに関して、「頭の中で妄想し過ぎちゃって、最初の文字を書くまでに1か月半以上かかっちゃいました」と苦笑する。 せっかく書いた作品も、今回のプロモーション企画のまとめ役を務める佐々木氏に一度ボツにされたそうで、結局自身の実体験を交えた作品にしたとのことで、小林は「姪っ子を出して、主人公を報道番組のメインキャスターとして登場させているので、7割ぐらいは自分だと思うですが、どこまでが実話かは想像にお任せしたいです」と話した。 「ぴりから」は、12日から公式サイトで配信スタート。堀江氏の小説を第1弾として、毎週金曜日に1作品ずつ公開される。なお、第2弾は田中の『とこやさんの魔法』となっている。(斎藤雅道)
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芸能ネタ 2016年02月13日 15時30分
メイプル超合金、M-1決勝進出も「本当に金ない。月収も全然」
2015年のM-1グランプリに決勝進出したお笑いコンビ、メイプル超合金の安藤なつとカズレーザーが12日、都内で行われた「ボンカレー 新商品発表会」に人気子役の鈴木福と出席。M-1で脚光を浴びた後の収入を聞かれると、二人揃って苦笑いを浮かべ、カズレーザーは「本当に金ないんです」と嘆き節。「月収も全然。おかげさまで仕事は少しずつ増えましたけど、今はまだ消費者金融にお世話になっています」と寂しい現状を報告した。 鈴木福とともに仲良くボンカレーの食レポ対決やボンカレーファームでの野菜の収穫体験に挑戦したメイプル超合金。「生みの親が母親、育ての親がボンカレー」と二人揃ってボンカレーは大好きだと告白し、安藤は「レトルトだし、簡単手軽に食べられるのは芸人にとっても助かります」とボンカレーの魅力をしみじみ。鈴木も試食後に「ちょうどおいしい辛さ。野菜もおいしいし、おなかも心も満たされます」と笑顔。 イベントではバレンタインデーも話題にあがり、「今年はチョコはいくつもらえます?」と問われると、鈴木は「たくさんはもらえないと思いますけど、そこそこもらえると思いますよ。でも義理チョコですけどね」と控えめなコメント。カズレーザーから「ジゴロですね」と声をかけられると照れ笑いを浮かべた。 カズレーザーのほうは「チョコはもらったことがない」といい、「隣の席の子からのりたまの袋をもらったことはありますけど」とサバサバ。安藤のほうは「チョコ? わたしが逆に食べたい。欲しいですね」と話してニヤリ。相方であるカズレーザーへはチョコをあげる予定はないといい「相方にあげるとか気持ち悪い」と話して報道陣の笑いを誘っていた。(取材・文:名鹿祥史)
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スポーツ 2016年02月13日 15時00分
俺たちの熱狂バトルTheヒストリー〈神格化されたカール・ゴッチ〉
「カール・ゴッチは本当に強かったのか?」とは、プロレスや格闘技ファンの間でたびたび起こる議論である。ゴッチの技術は“互いに組み合ってから闘う”という、レスリングのグレコローマンスタイルをベースとしたものであった。 よってそれだけを頼りとしたときには、打撃やタックルで相手との間合いを詰めることから始まる総合格闘技において、その技術を発揮する前に制される公算が高い。 だが、仮に全盛時のゴッチが総合に挑むことになれば、これに対応する新たな技術を習得することもあるわけで、結局「ゴッチの技術だけでは勝てないが、ゴッチ自身が通用したかどうかは不明」としか言いようがない。 ゴッチの強さを問うならば、それよりも“同時代における突出性”から見るべきだろう。ルー・テーズが「サブミッション技術では私の上をいく」と認め、力道山はその初来日時に「強けりゃいいってもんじゃねえ」と愚痴りながらも、以後、日本プロレスの若手育成コーチとして招聘した。 一時期はリングを離れてハワイで清掃員として働いていたゴッチを、再び呼び戻したのは国際プロレスの吉原功社長。その理由は「当時、世界屈指のテクニックを誇るビル・ロビンソンを招聘したものの、張り合える強豪がいないから」というものだった。 こうした“状況証拠”からしても、ゴッチの当時における優越性はうかがえるが、それでも疑問の声が上がるのは、良くも悪くもアントニオ猪木との関係によるものではないか。 旗揚げ当時の新日本プロレスは、外国人選手の目玉がいなかったことから、猪木と師弟関係にあったゴッチを“プロレスの神様”と持ち上げた。これは相対的に直弟子である猪木の評価を高めるのと同時に、“世間はNWA王座を最高峰というが本当に強いのはゴッチ”と、間接的に対抗団体の日本プロレスや全日本プロレスの脚を引っ張る意図があってのものだった。 「もちろん、ゴッチ自身は“神様”を自称したことなど一度もなく、新日と猪木を誇大に見せるため、ゴッチを実態以上に神格化して宣伝に使った部分はあるでしょう」(プロレスライター) では、実際の試合ぶりはどうだったか。前出の国際プロレスにおけるロビンソン戦では、現代の視点からするとやや地味ながらも、テクニックを競い合う好勝負を展開。5度の対戦はいずれも時間切れの引き分けに終わっている。 「フルネルソンを力で強引に外したり、逆エビで絞り上げたりと、ゴッチのパワーファイターとしての一面も垣間見られます」(同) 新日での猪木戦はどうか。こちらも5度の対戦で、ゴッチは3勝2敗と猪木に勝ち越している。 中でも有名なのは1972年3月6日、大田区体育館での新日旗揚げ戦で、ゴッチ必殺のジャーマン・スープレックスに対しては、辛うじてロープに逃れた猪木だが、直後の卍固めを力で外したゴッチは、そのまま猪木を持ち上げてリバース・スープレックスで3カウントを奪っている。当時、ゴッチは48歳。猪木は旗揚げによる心身の疲労があったとはいえ、29歳と旬を迎えたレスラーである。 また、自身の伝授したジャーマンを弟子の猪木が返し、直後にやはり自らが伝授した卍固めを破ってみせるという、師弟ならではのストーリーを演じたあたり、決して強さだけを追求する頑固一徹のレスラーではなかったようだ。 続くシングル第2弾、同年10月4日、ゴッチの持つ“世界最強ベルト”を懸けて行われた蔵前国技館での一戦も、場外でゴッチの放ったジャーマンを猪木がかわしてのリングアウト勝ちと、結果こそやや不透明ながら、全体的には見せ場はたっぷりだった。 「激しいバックの取り合いなどレスリングのムーブもありながら、ゴッチとしては珍しいワンハンド・バックブリーカーやダブルアーム・スープレックスなどを披露しています。キーロックを仕掛けた猪木をゴッチがそのまま持ち上げるという、のちにおなじみとなるムーブも見られました」(同) 神格化されたストーリーばかりが後付けで語られるものの、いい意味で“普通のレスラー”の一面も持っていたのだ。
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芸能ネタ 2016年02月13日 12時00分
小林麻耶 パンチラOK歌手デビューに「海老反る」義弟
元TBSの局アナで現在はフリーの小林麻耶(36)が1月27日、デビュー曲『ブリカマぶるーす』の発売記念ライブを行った。 「ブリっ子と言われ続ける自身のブルーな気持ちを込めた曲で、タイトル通り、赤と白のフリフリミニスカ衣装で登場。“アラフォー”にもかかわらず、ほっそりとした美脚を披露。“パンチラしてもいい衣装?”には、『カワイイ白をはいているので大丈夫です』と笑顔を見せていました」(芸能記者) ちなみに、歌詞を紹介すると、『ブリはブリでも天然で 気まま我が道すすみます』『カマトトじゃなくて素なだけよ むしろ苦手よ かまってちゃん』−−というもので、振り付きで熱唱した後、落涙した。 「手拍子で盛り上げてくれた観客の姿に感動したそうです。作詞・作曲を担当した音楽プロデューサーの今井了介氏は、安室奈美恵の楽曲を手掛けたことで知られていますし、ダンスはきゃりーぱみゅぱみゅの振り付け師であるMAIKO氏が指導。でも、われわれにはトーク&バラエティー番組などで見せる“痛女キャラ”がオーバーラップしてしまって、苦笑いするしかありませんでした。彼女はいったい、どこへ行くのでしょうか」(芸能レポーター) しかし、TBSの最終面接で“得意のホッピング”を披露。見事合格を勝ち取ったという“伝説”を持つ小林は、周囲の思惑など一切お構いなし。 「よくいえば、自分の欲求や、感性に正直なのです。他人から、ブリっ子と言われようが、KY(空気が読めない)と評されようが、どうでもいいんです。彼女が言った“元々コスプレ好きなんです”に尽きるんですよ。そう理解してやらないと、彼女とは一緒に仕事ができません。まわりの人間は大変でしょうけどね」(テレビ局関係者) 実妹で、現在は子育て休養中のフリーアナ・小林麻央は「歌手デビュー?」と驚き、その夫・市川海老蔵は「“天然ブリ”だね」と話したという。 「一瞬、海老反りになって驚くも、呆れるような言い方で、“義姉”を天然ブリっ子と評したようです。“嫁が麻耶じゃなくて麻央でよかった”と、しみじみ思っているようです」(梨園関係者) なお、最終目標は大晦日の『紅白』出場というのだから、恐れ入る。
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その他 2016年02月13日 12時00分
【不朽の名作】ちょっと過激な作品を観たい人にオススメ「丑三つの村」
1983年公開の『丑三つの村』は、「津山三十人殺し」「津山事件」などと呼ばれる1938年に岡山県で実際に発生した連続殺人事件を題材としている。つい最近まで短時間で殺した人数のギネス記録だったり、横溝正史の小説『八つ墓村』のモデルになったとされているあの事件だ。公開当時は、その過激すぎる内容からR-18指定を受けた。ちなみに、現在ソフト化されているものはR-15指定に下がっているが、現在でもここまで過激な描写のある作品は少ない。何か尖った作品を観たいという人にはもってこいだろう。 同作の監督は、にっかつロマンポルノで名匠といわれた、田中登監督が担当。脚本も当時はピンク映画などでシナリオ担当として活躍していた西岡琢也氏が務めている。当時は、邦画界にピンク映画で名を馳せたクリエイターたちが続々と進出して話題なった時期で、同作もその一作品といえる。 現在で似たような例をあげると、とはいっても一部の人にしかわからないかもれないが…。虚淵玄氏、麻枝准氏、タカヒロ氏など、アダルトゲーム界で有名だったクリエイターが、一般のアニメ作品やゲームに進出して話題になるのと似たような動きだ。共通しているのは、その業界が全盛期のクリエイターで“エロシーンが入れば”比較的自由な内容の作品を作って良いという点で、その環境により尖った才能が生まれたというとこだろうか。 話がそれてしまったが、この作品で注目なのが、当時の「村社会」特有の環境の演出だ。ここの辺りはロマンポルノなどで培った、重苦しい閉鎖的な空気作りというものが、かなり効果的になっている。表にはなかなか出てこないが、そこで密かに行われている相互監視。村八分などの私刑行為。または夜這いといった風習。そのどれもが、後々に主人公の凶行に関連してきている。どろどろした人間関係が嫌な人には、それこそ、嫌悪感のあるものと映るだろう。 古尾谷雅人演じる、主人公である犬丸継男もその村社会の人間ではあったが、秀才ということで特別扱いを受けていた。しかし、新兵検査で結核であることが発覚して以降、その陰湿な攻撃を自身が受けることになる。実はこの作品、かなり主人公寄りに作られている。別に作品としては普通なのだが、同作では実在の犯罪者をモデルにしているという点で異質といえる。犯人が自殺しており、事件に関わりのある当事者がほとんど殺害されてしまったからこそ、可能だった題材かもしれない。 主人公にも落ち度はあるのだが、それ以上に村人の嫌がらせが露骨で、たぶん怒りっぽい人ならば、「もうやっちまえ!」と主人公を応援したくなってしまうだろう。おそらく、ロバート・デ・ニーロ主演の『タクシードライバー』の主人公・トラヴィスよりも逃げ場がない。しかも、この作品の主人公はかなり性格が繊細で執着心が強いときている。一線を超えた後の徹底ぶりは強烈だ。一応、主人公には田中美佐子演じる、やすよという幼なじみの理解者がいるのだが、そのやすよも、村のしきたりなどで縛られて自由には動けず、結果的には凶行に駆り立てる一因を作ってしまう。古尾谷の演技も徐々に病んでいく主人公の表情をよく表現している。凶行に及ぶ前の万歳三唱のシーンなどは特に注目。 クライマックスのノンストップのバイオレンスシーンは、殺人鬼の犯行シーンではあるのだが、どこか爽快感を感じてしまうところもあるのが特徴だ。これは中盤以降ひたすら続く、村人の嫌がらせのおかげだろう。鬱々溜まったエネルギーをここで一気に噴出させてくれる。ラストとしては、色々な意味で盛り上がることのできるシーンだろう。とある部分がスイカみたいに散弾銃で吹き飛んだり、とある部分に銃口を突っ込んで発射するなど、多彩な殺戮シーンもある意味では見どころ。 バイオレンスシーンに加えて、この作品では、夜這いシーンなどで裸体の描写も非常に多い。登場する女優も大場久美子、池波志乃、五月みどりなど、当時の人気女優たちが起用されおり、結構激しい濡れ場を披露している。裸体の撮り方が非常に艶めかしく、キレイなので注目して欲しい。しかし、「こんな美人ばっかり村にいるわけねえだろう」というツッコミは野暮かもしれないが、もう少しイモっぽい雰囲気があっても良かったかもしれない。高級娼婦じゃないんだから。夜這いシーンだけ田舎の村感を感じないのが若干気になる。 「エロ」と「バイオレンス」を売りにしている作品というと、どこか薄っぺらく感じる人もいるかもしれないが、そこはただの見世物にはなっていないかと。おそらく主人公の心境をどう読み取るかによって、作品の印象は大きく変わってくるはずだ。青臭い主人公の部分が印象に残れば、まるで青春映画のようだし、村の古い風習に虐げられる主人公が強く残れば、復讐劇になる。また、ただ村人がムカつくな、エグいなと思ったならば、ひょっとすると食人映画であるあるネタである、どっちサイドが野蛮だ問題に発展するかもしれない。(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)
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