「第3局までは自分のどこかに消極的なところがあった。第4局からは相手を恐れずに、戦ったのがよかった。羽生さんには迫力を感じた。永世竜王は名誉なこと。これからは、ほかのタイトル戦(の番勝負)にも出て、もっと戦いたい」
これは、渡辺竜王がタイトルを防衛したときのコメント。
関係者が「羽生4冠の勝ち」を声をそろえて言ったカド番の第4局を逆転で勝ち勢いに乗って3連勝。最終第7局も羽生4冠にリードを許しながら、またまたひっくり返してみせた。将棋関係者がこう言う。
「羽生の全盛期を知る棋士なら、3連敗した時点でそのまま寄り切られていたでしょう。将棋界用語で信用と表現しますが、それぐらい羽生の強さは定評がある。しかし、渡辺竜王は痛めつけられた経験がない。だから、いい意味で開き直ることができたのが幸いしたのではないか」
歯に衣着せぬ物言いそのままの大胆さで、渡辺竜王はタイトルを死守したといえる。しかし、竜王の1冠に比べて、羽生は現在も名人を初め4冠王。昨年は7つの全タイトル戦に登場と、その実力が抜きん出ていることを満天下に示した。ある棋士はその強さをこう言う。
「盤の前に座っただけで勝てる気がしない。ほかの棋士からは感じない圧力がある。全冠永世は逃しましたが、羽生さんならまだチャンスが巡ってくるはず。と言うより狙ってくるでしょう」
羽生4冠の調子を占うには絶好のタイトル戦が1週間後に始まる。17、18日が初戦の王将防衛戦だ。挑戦者は深浦康市王位(36)。
「2、3局しか戦っていない棋士を除いて、対羽生戦で互角の戦績を残しているのが深浦。23勝24敗とひとつしか負け越していない。渡辺の9勝9敗以上といっていいくらいです。羽生の強さを身をもって知る棋士では珍しい。深浦のタイトル奪取があっておかしくない、というのが業界の下馬評です」(前出・関係者)
深浦は07年、羽生から王位を奪取。昨年のリターンマッチではフルセット、4勝3敗で羽生の挑戦を退けた。羽生コンプレックスのない棋士のひとりといっていい。
「タイトル戦より大変なのが、リーグ戦やトーナメントを勝ち抜いて挑戦者になること。将棋の世界はかつてほどではないが、実力差は紙一重。4段もタイトル保持者も互角というのが、将棋界の常識。羽生4冠もそうですが、挑戦者になるのは強さの証明でもあるわけです」(同)
94年、初の全7冠同時制覇をかけた谷川王将への挑戦手合いを3勝4敗で失敗しながら翌年、連続挑戦。4勝無敗のストレート勝ちで記録を作った実績がある。
「チャンスがある将棋を勝ちきれなかった。(永世竜王を逃したのは)やむをえない。力いっぱい戦いましたから」
竜王戦の決着がついたあとも、いつものように冷静だった羽生4冠。竜王戦再挑戦まで、また長い1年がスタートしたばかりだがリベンジに燃えているのは間違いない。