今夏の横浜高校は「スター不在」とも称されてきた。確かに、センバツ大会では波佐見(長崎)に初戦敗退を喫しており、神奈川県大会でも同校を優勝候補に推す声はほとんど聞かれなかった。そんな横浜高校が『全員野球』で勝利をもぎったのを観て、ある言葉を思い出した。
「全国区の有名選手がいなければ、甲子園に行けないのか!? そんなふうに…」
2009年、神奈川県代表の座を勝ち取った横浜隼人・水谷哲也監督の言葉である。同年の勝因は、雑草魂と全員野球。甲子園大会後、同校を取材した際、「初栄冠までのプロセス」も語ってくれた。同監督は「セミナー荒らし」と冷やかされるほど、有名スポーツトレーナー、他校有名監督の講習会に足繁く通い、練習メニューを改良してきた。同校は県内で一目置かれるまでに成長したが、有名選手のいる強豪校に敗れてきた。そんな時期も長く、「全国区の有名選手がいなければ、甲子園に行けないのか…」と嘆き、苦しんだそうだ。
彼らの前に立ちふさがったのが、横浜高校の松坂大輔(レッドソックス)、涌井秀章(埼玉西武ライオンズ)であり、筒香嘉智(横浜ベイスターズ)だった。
09年夏の初栄冠は筒香を封じ込めて勝ち取ったものだが、今夏の横浜高校の戦い方は、横浜隼人など神奈川県内のライバル校のスタイルでもある。「絶対的なエース」も「本塁打量産の主砲」もいない。犠打、エンドラン、スクイズなどの小技も駆使しながら、小刻みに1点を積み重ねていく野球だ。現横浜ナインは関係ないとはいえ、これまで「やられてきた野球スタイル」を甲子園で繰り広げているのは、不思議な光景でもある。
神奈川県大会の横浜高校のデータを改めて見てみると、「本塁打0、犠打27」。失策は僅か「4」。全員野球を掲げる学校は多いが、その裏には「手堅さ」がなければならない。神奈川県大会4回戦(対東海大相模)も見たが、横浜ナインがスクイズを決めた際、相手バッテリーはかなり警戒を強めていた。それでも「1点」をもぎ取ったのは、配球を読みきったからである。配球を読み取る判断能力と野球カンは、練習によって養われる。いや、「警戒されたなかでも、スクイズができるようにならなければ勝てないんだ」と自覚しなければ、この手の野球カンは養われない。
名門校にすれば、部員にそれを自覚させるということは、プライドを捨てることにも匹敵するのではないだろうか…。
渡辺元智監督ほどの名将になれば、選手の能力に応じたチーム作りをするのは当たり前のことだろうが、少なくとも、今春の横浜は犠打、エンドラン、スクイズなどの野球スタイルではなかったはずだ。短期間で『手堅い全員野球』のスタイルに変貌できるとは、横浜高校の野球偏差値の高さを、再認識させられた。(スポーツライター・美山和也)