この作品、PTA推奨の映画などにもなっているので、90年代に小学生だった人などは、学校の道徳の時間や公民館などで観た人も多いかもしれない。作品内容的には時系列は実話に沿った形となっている。過激な描写もなく淡々と一匹の犬の波乱の生涯を描く、感動や人間の良心を刺激する作品となっている。
犬を使う作品というのは、卑怯なまでの感動を誘う作品であることが多い。他に犬を扱った『南極物語』や『クイール』などもそうだが、人間を中心にした話の場合は大したことのない展開でも、犬であるとなると、規格外に感動を煽るのだ。「人は人間より動物に驚くべきヒューマニズムを発揮する」と、確かマンガ『MASTERキートン』でキートンの父親である平賀太平が言っていたが、まさにその通りの現象がこれらの映画を鑑賞したときに起きる。
という訳で、その卑怯とも思える部分をなるべく意識しないようにこの作品を今回は解説する。こういった学校教育的に良質な“感動作品”を学校で鑑賞した場合、個人的には、そこまで泣くほどのものなのかと、いつも疑問で、鑑賞後の感想文を書く際、なかなか書けずに居残りになることが多かった。なので、若干昔の怨念もこもっているかもしれない。
まず、実話を元にしているが、上野秀次郎宅でハチが来る前から飼っていたというポインター犬のジョンとエスが出てこない。まあ、複数の犬の演技をさせるのは大変だろうし、そこは置いておくとしても、なぜ上野秀次郎に子供がいないという設定だったのを、娘がいる設定にしたのだろうか? しかも、石野真子演じる上野千鶴子にわざわざ、父親を思い出すから飼うのは嫌だと言わせる。人間の身勝手さを強調したかったのだろうか。それにしても、わざわざ架空のキャラに言わせるのはどうかと。
ハチの忠犬ぶりを際立たせるため、人間を必要以上に悪者に描く描写も気になる。史実では預けられた先々でハチの渋谷駅に行く行動などが問題となった事もあったと言われているが、各飼い主とも可愛がっていたと伝えられている。なのに、人から疎まれている部分を強調しすぎている。3人目の飼い主である菊さん(長門裕之)が亡くなり、その奥さんが適当な理由をつけて捨て犬にしてしまうのはさすがにやりすぎなのでは。おかげで、寂しく渋谷駅で亡主を待つ空しさは際立つのは確かではあるのだが。確か、ハチは渋谷駅に頻繁に行くようになってからもちゃんと飼い主はいたはずだ。
さらに、劇中では孤独のうちに死んだように描写されているハチだが、実際には、よく渋谷駅前で待っているのが頻繁に目撃されるようになると、駅利用客や近隣住民にも注目されだし、駅での寝泊りが許されるほど有名な犬になっていた。ちなみに、初代のハチ公銅像はハチ人気の後押しにより、生前に建っており、生前には映画への出演の経験もあるほどだ。実際は多くの人に愛されていて、その後亡くなったはずなのに、この辺りは激しい違和感がある。別の犬映画を出すのもあれだが、盲導犬という役割のため、ハチのように生涯で飼い主が何度も変わる作品『クイール』のように、関わりのある人々に感謝されて死んだとしても、別に感動的な要素としては変わらないのではないのだろうか。
この改変は、上野秀次郎とハチの関係の深さをより際立たせるための仕掛けだったという考え方もできる。本作では、上野秀次郎の死までの描写に、ほぼ半分の尺を割いている。しかし、この上野秀次郎とハチの絆が、いまいち感じられないのが残念だ。
仲代達矢が演じているハチの飼い主である上野秀次郎の演技は犬好きで穏やかな雰囲気が出ていてかなり良い、しかし、犬とたわむれるシーンでは、なぜか犬がつまらなそうな表情であるのが目立つ。特に成犬になった時に顕著だ。この辺り、犬が演じていることを差し引いても、もう少しなんとかならなかったのだろうか?
そして極めつけがラストシーン。死後の世界で上野秀次郎とハチが再会するシーンなのだが、ハチが上野秀次郎を見つけて桜並木を走ったあと、カットが変わり、明らかにハチ役の犬を、仲代に投げ渡していることがわかる。過剰ともいえる感動演出で、仲代にキャッチされても、犬が投げられたのを怖がっている感じで、もはやギャグシーンレベルだ。普通に犬の寄りとかにして、さりげなく仲代の足元が見えて抱きかかえるとかの演出でも良かったのでは。ハチは渋谷駅で待ってた犬なのだから、飼い主の方から近づくという方がより自然な気もする。
結論を言うと、この作品では、犬という卑怯とも言える武器を使いながら、さらに「ほら泣けよ! 感動のシーンだぞ!!」という、あからさまな誘導が目立つのだ。それが良いか悪いかは別として。特に犬好きでなくても、動物を使えば、そこまで過剰にしなくても感動的なシーンを演出できるはずなのだが。人によってはこの過度な押し売りとも言える感動演出がクドく感じることだろう。まあ、一定の日数に意図的に涙を流して、心のデトックスを図ろうという「涙活」をしている人や、模範的な“感動”を感想や作文にして欲しい教育の場で見せる映像作品としては、かなりクオリティーの高いものではある。そういう人には強くオススメしたい。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)