『カンパニュラの銀翼』(中里友香/早川書房 1890円)
贅沢な小説、というものがある。さまざまなジャンルの要素がぎっしりと詰まっているのに窮屈な感じがなく、むしろそうした要素がスマートに結合し合っているような小説だ。第2回アガサ・クリスティー賞を得た本書『カンパニュラの銀翼』が好例である。
先にこの賞について触れておこう。クリスティーの生誕120年を記念して2010年に創設された。まだ刊行や雑誌掲載がされていない未発表の小説を公募し、その中から最優秀作を選ぶ。クリスティーは世界中で読まれている作家で、ここ日本でもミステリーの女王としてよく知られている。名探偵エルキュール・ポアロが主人公の本格謎解き小説が最も名高いけれど、ほかに冒険小説風味のものなども残しており、得意ジャンルが狭かったわけではない。『カンパニュラの銀翼』は、そういうビッグ・ネームが付いた賞を獲得してしかるべき小説だ。
ストーリーの最初のあたりでは、1920年代の英国が舞台になっている。主人公は資産家の息子の替え玉になって名門大学に通う青年だ。学問全般に対する作者の興味、知性が生かされたペダンチックなムードが漂う。しかし物語が進むに連れ、繊細で深みのある詩情が浮かび上がってくる。そしていつの間にかSFや冒険小説の要素も盛り込まれ、スリリングな夢の世界が展開される。小説を読む喜びに浸れるはずだ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『大卒だって無職になる』(工藤啓/エンターブレイン・1365円)
「大学を卒業したら働くものだと思っていたし、まさか“働けない”なんてことは夢にも思いませんでした」−−。知識も能力もあるのに働けない。一体、彼らは何につまずくのか? 若者の“今”を追った驚愕のノンフィクション。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
「原発ゼロ」でいいのか!−−目を引くタイトルにつられ手にした雑誌が、月刊誌『WiLL』の緊急増刊号(ワック株式会社/880円)。
『WiLL』は右派系と評判の雑誌で、中国や韓国など反日的な国に対する批判記事が多いことで知られている。編集長は『週刊文春』元編集長の花田紀凱氏。
この増刊号は、マイクロソフト社の創業者、ビル・ゲイツ氏が原子力の安全性や可能性について語るなど、日本が国を挙げて“脱原発”に傾きつつある風潮に一石を投ずる内容だ。
「日々、あり余る電力をムダに消費しながら、週末になると、物見遊山気分で原発反対デモに参加するため国会周辺に集まってくる」(花田氏による編集後記)
テレビでおなじみになったデモの光景に、確かに違和感を覚える人も少なくない。「本当に脱原発でいいのか?」という問題提起も必要だろう。近づく解散総選挙で重要な争点となりそうな原発問題を考える上からも、一読をお薦めする。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意