映画やミュージカルでお馴染みの「スウィーニー・トッド」もそのひとつだ。
物語では、まことしやかに主人公が処刑された日付や場所も示されているが、当時の記録や新聞などには物語のような事件が見当たらず、かなり古くから創作とされている。これは筆者の推測だが、処刑を掲載時の44年前に設定したのは、ある種のネタバレ要素だったのではないか?
現在よりもはるかに平均寿命が短い19世紀ロンドンにおいても、半世紀前の出来事を記憶している古老は一定数存在していた。具体的には人口の10%程度が60歳以上であり、そのことを考えると設定年代が近すぎるのだ。創作実話には「わざと間違った情報を混入させ」て、読者にそれとなくサインを送ることもあったため、その可能性も少なく無いと考える。
ところが、定説に反して「スウィーニー・トッド」実際におきた事件をもとにしていると、ピーター・へイニングというイギリスの作家が1979年に出版された本で主張したのである。さらに、本が出版された直後には、ブロードウェイでもスウィーニー・トッドを題材としたミュージカルが公開され、大変な好評を博した。おりからのブームに乗る形で、スウィーニー・トッド実在説も脚光を浴びたのである。
しかし、へイニングが根拠とした資料はさほど決定的でも強力でもなく、検証によって主張は覆ってしまう。その後、ヘイニングは再び著書でスウィーニー・トッドの実在を主張するが、特に新たな根拠を示したものではなく、研究者の支持を得ることはなかった。結局、ヘイニングはスウィーニー・トッドが実話であることを立証できないまま亡くなったが、彼の実在説を支持するファンもおり、ネットではその主張をそのまま根拠として掲げるマニアも少なくない。
スウィーニー・トッド実在説は、創作実話を実話と主張する新たな創作実話という、ややこしい入れ子構造となって、現在でもなおネットの世界を漂っている。
(了)