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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第190回 生乳流通改革という規制緩和

 規制緩和、あるいは規制改革とは何だろうか。単なる政策である。規制緩和自体は「政治的手段」の一つにすぎず、それ自体は善でも悪でもない。
 また「経済」とは経世済民、国民を豊かにする政治という意味を持つ。国民を豊かにする経済政策として「規制緩和」が推進されるのは一向に構わない。逆に、ごく一部の投資家(日本国民とは限らない)の利益を最大化させ、代償として国民を貧しくし、あるいは安全保障を弱体化させる規制緩和は悪である。

 規制緩和とは、あくまで政策効果によって評価されなければならない。筆者は別に、規制緩和や規制改革自体に反対をしているわけではない。国民が豊かになる経世済民が実現できるのであれば、あらゆる規制改革にもろ手を挙げて賛成する。
 ところが、現在の安倍政権が推進する規制改革のほとんどは、特定の「誰か」を富ませ、代わりに国民に損をさせる政策である。特に安倍政権の規制緩和は、農協改革や発送電分離が典型だが、わが国の食料安全保障やエネルギー安全保障を弱体化させる。代わりに、新たに農業分野や電力分野に新規参入する「誰か」が利益を得ることになる。この手の規制緩和に対し、賛成する「国民」の気が知れない。

 さて、安倍政権がまたもや日本の食料安全保障を弱体化させる「規制緩和」に走っている。
 政府の規制改革推進会議は9月13日、農業作業部会の初会合を開き、安倍総理が当面の優先課題と位置付ける農業分野の規制緩和について議論を始めた。まずはこの秋をめどに、牛乳やバターの原料となる生乳流通の自由化などについて結論を出すということである。
 現在の日本において、生乳は指定農協団体が集荷・販売を独占し、生産量や用途を決めている。規制を緩和し、酪農家が生産を増やす機会などを増やし、経営努力の意欲向上を促すとの「お題目」になっている。
 要するに、指定農協団体の「解体」を図り、生乳の流通を「市場原理に任せる」という話だ。

 読者に理解してほしいのは、「協同組合」の成り立ちである。世界史上、初めて成功した「協同組合」は、産業革命後のイギリスで誕生した、ロッチデール先駆者共同組合になる。
 産業革命により工場における大量生産が主流となったイギリスでは、製造業に携わる労働者が劣悪な雇用環境と貧困に喘いでいた。さらに、労働者は日常的に購入する食料や衣類など、生活必需品の品質の悪化や価格高騰に悩まされていたのである。
 労働者側に販売店の選択肢はほとんどなかった。質が悪く割高な商品であったとしても、労働者たちは購入せざるを得なかったのである。
 個別に見れば「小さな買い手」である労働者たちは、大手の小売業者の巨大なセリングパワー(販売力)に対し、個々人で対抗することは不可能であった。というわけで、個々では「小さな買い手」にすぎない労働者を束ねることでバイイングパワー(購買力)を増し、既存の大手小売業者に対抗するための協同組合が誕生したのだ。

 1844年12月21日、ランカシャーのロッチデールに「個別の労働者の購買力」を統合することで購買力を強化し、大手小売商に対抗することを可能にする「生活協同組合」の店舗が開かれた。協同組合運動の先駆的存在となった「ロッチデール先駆者協同組合」の誕生である。
 「小さな買い手」あるいは「小さな生産者」が、大資本のセリングパワーやバイイングパワーに対抗し、損を強いられることがないように、「小さな経済主体」を束ねることで相互扶助を図るのが「協同組合」なのだ。農協も、生協も、すべて同じ発想である。
 お分かりだろう。生乳の指定農協団体は、「小さな生産者」である酪農家のパワーを束ねることで、大手流通・大手小売りのバイイングパワーに対抗するという発想で作られたのだ。指定農協団体の制度が解体された場合、酪農家は個別に大手流通・小売りと取引交渉をすることになり、「確実に」生乳を買いたたかれることになってしまう。結果、酪農家は弱いところから廃業していくことになる。

 生乳の生産者団体の解体について、実は前例がある。1994年にイギリスのMMB(ミルク・マーケティング・ボード)が解体され、生乳の生産者は個別に大手流通・小売りに立ち向かうことになった。結果的に、生乳は買いたたかれ、酪農家の所得は減っていく。酪農家が単体で巨大資本と価格交渉をして勝てるはずがない。
 酪農家が損をした分、大手流通・小売り側がもうかった。消費者も一時的には価格下落というメリットを受けるものの、長期的には国内の生乳生産能力が低下し、食料安全保障弱体化を受け入れざるを得ない。あるいは、生産量が天候不順等で減少した際に、価格高騰というしっぺ返しを受ける。
 イギリスで失敗した「規制緩和」を、そのまま進めようとしているのが日本の安倍政権であり、規制改革会議なのだ。誰のためなのか。もちろん、生乳を「買いたたく」ことを欲する大手流通・小売業がバックにいるのだろう。あるいは、それらの大資本の「株主たち」である。

 厄介なのは、生乳の指定農協団体制度を解体すると「消費者利益」が発生するという点だ。何しろ、日本はいまだにデフレという「価格下落&所得縮小」に悩まされている。結果、消費者はむしろ「指定農協団体をつぶし、生乳価格を引き下げる」政策に賛成してしまう。
 実際に指定農協団体制度が解体されると、酪農家は弱いところから廃業していく。すなわち、所得を稼ぐ術を奪われる。廃業した酪農家は、お金を使わない。廃業酪農家たちが支出することをやめた商品やサービスは、実は一時的に「バターや牛乳の価格が下がった」と喜んでいた“読者が生産している商品やサービス”かも知れないわけだ。
 読者が生産しているモノやサービスが売れなくなると、当然「読者の所得が減る」という事態になる。すると、読者はモノやサービスの購入を減らし、それらを生産している誰かの所得を縮小させる。貧困化が、ひたすら進む。

 国民経済はつながっている。少なくとも、現在の日本が「誰かの所得を減らす」規制緩和を推進することは、明確な「悪」なのだ。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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