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お笑い芸人 豪快伝説 其の三『とんねるず』

 お笑い芸人。コメディアン。エンターテイナー。そんな彼たちがかつて刻んだ偉大なる伝説、爆笑列伝を紹介していく連載の3回目。サードバウトは、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジ系)が絶好調のとんねるずだ。

 石橋貴明に続いて、木梨憲武が今月50歳になった節目に、単独ライブを5年ぶりに復活させた。ステージラストでは石橋が電撃参入して、とんねるずの日本武道館ライブの構想までブチ上げた。

 振り返れば、ふたりが歌手デビューしたのは1984年。デビュー曲「一気!」は初登場119位と不本意だったが、ブレーンで作詞家の秋元康と、「20位以内に入ったらロレックス」と約束したことで、自我が目覚め。5か月かけて19位まで上り、公約どおり、初のニューヨークで初のロレックスを買った。翌85年に発表した『雨の西麻布』は初登場9位。じつはこの曲、いろんな意味で感慨深い。

 当初、秋元が付けたタイトルは「雨の亀戸」だった。初の演歌ということで、石橋の出身地である成増に負けず劣らないドロ臭い街の原風景を出したかったからだ。しかし、とんねるずは、演歌臭さと真逆にある街「西麻布」を提案。時代はバブル期。日本中の遊び人が集結していた六本木・西麻界隈を演歌に盛り込んだ。この発想の転換こそが、とんねるずの快進撃の始まりだった。

 さらに、この曲を含める3曲は、美空ひばりの生涯最後の名曲『川の流れのように』と同じ、作詞・秋元、作曲・見岳章のコンビで作られている。ひばり、秋元、とんねるずをつなげたのは、ひばりのひとり息子・加藤和也(ひばりプロ社長)。加藤が大のとんねるずファンであったことから、ふたりは加藤の誕生会に呼ばれ、そのお返しにと、ひばりが深夜ラジオ『とんねるずのオールナイトニッポン』にアポなし・ノーギャラ出演。以降、「お嬢」(ひばり)、「タカ」(石橋)、「ノリ」(木梨)と呼び合う間柄になった。ひばりは晩年、闘病の際に面会謝絶を貫きとおしたが、とんねるずと親友の島倉千代子だけは許したという。

 帝京高校を卒業後、一般企業に就職しながらもお笑いの道に進んだふたり。同じ昭和芸人のコント赤信号の渡辺正行から、「おまえらは、絶対に売れない。1年で消える」といわれながらも、その20年後には億円プレーヤーになったふたり。とんねるずの伝説は、50歳を境に、第2章に突入するだろう。(伊藤由華)

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