極道業界で激動の時代を生きた親分が、引退後にその人生を語り、抗争や重大事案の裏側を明かす“ヤクザ本”は数多く存在する。しかし、本著では現役親分の人生観を、極道とは正反対の世界に生きるビジネスマンに向けて発信。
ミスマッチにも思えるが、著者の向谷匡史氏がスポットを当てた稲川会傘下の十一代目碑文谷一家・熊谷正敏総長は、極道業界では異色の経歴を持つ人物だ。
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――ヤクザとビジネスマンでは、社会的立場がまったく異なりますが、“頭角の哲学”とした理由は?
向谷 熊谷総長は徹底したリアリストです。私が取材してきた多くの経営トップと、同じ資質を見ました。彼らとて始まりは一兵卒で、昇り詰めるまでに相当の努力があった。ヤクザ社会で頭角を現すのも同じです。
ましてや、熊谷総長は逆境を乗り越えて現在の地位を得ており、その人生観はビジネスマンにも得るものがあると確信しました。彼独自の面や良さをピックアップして、社会に発信したいと思ったのです。
――熊谷総長が立たされた「逆境」とは何ですか?
向谷 彼に密着したフランス人監督のドキュメンタリー映画『YOUNG YAKUZA』がカンヌ国際映画祭で上映され、平成19年、熊谷総長は現役ヤクザとしてレッドカーペットを歩いたことでも知られています。ですが、この映画の撮影期間中、彼はヤクザ人生の正念場でした。
平成17年に稲川裕紘三代目が急逝し、稲川会では次期会長を巡る対立が表面化しました。結果、熊谷総長が本部長補佐として支持した稲川英希本部長は引退し、直参(※トップから盃を受けた『子』)昇格の最年少記録を誇る彼も降格となったのです。
しかし、清田次郎五代目体制となった平成23年、熊谷総長は直参に返り咲く。その後、碑文谷一家総長に就き、稲川会役員としても要職を歴任。さらに、内堀和也会長の六代目体制へ移行すると、統括委員長に就任した。稲川会には直参が約50人おり、熊谷総長は位順でいえば10番目に位置する。いかに、出世を果たしたかが分かるだろう。
――本著の要所要所で、熊谷総長の考え方を一般社会に当てはめ、本質を伝えているように感じます。
向谷 口のきき方ひとつでも喧嘩になるヤクザの世界は、煩悩の坩堝です。だからこそ学ぶことが多い。表や裏と区別して言いますが、実際には表裏一体です。そこに生きるという誇りを、持っているかどうかではないでしょうか。大手企業で働くにしても、目標を持って給料を得るのと、高い給料を得るために働くのとでは、まったく意味合いが違いますからね。
向谷匡史(むかいだに・ただし)
週刊誌記者を経て作家に。主な著作に『田中角栄「情」の会話術』(双葉社)、『ヤクザ式最後に勝つ「危機回避術」』(光文社)、『安藤昇90歳の遺言』(徳間書店)などがあり、5月10日に『ヤクザ式 図太く生きる心理術』(イースト・プレス)が発売予定。