■ミッチ・デニング(東京ヤクルト)
5月26日、ヤクルトはBCリーグ新潟に所属するミッチ・デニング(26歳)と年俸360万円で契約、極端に低い年俸が話題になった。にもかかわらずデニングは入団後瞬く間にレギュラーに収まり、打率は低いが勝負強さをいかんなく発揮。6月7日のロッテ戦では借りたバットで試合を決める第2号満塁アーチを放ち脚光を浴びた。
デニングの異色な点は、ヤクルトと契約するまでずっと「貧困ライン(一人当たりの年間所得が125万円)」以下の生活をしてきたことだ。
表(本誌参照)にあるように17歳でレッドソックスのマイナー球団と契約して以来、デニングはヤクルトと契約するまで、春夏は米国のマイナーリーグ、米国の独立リーグ、日本の独立リーグでプレーし、秋冬は母国オーストラリアのプロリーグでプレーしてきた。
1年を通して給料が支払われる日本のプロ野球では1年間に二つのリーグでプレーする選手はいないが、米国のマイナーリーグでは公式戦期間中の4月から8月までしか月給が出ないためキャンプ期間とオフシーズンは無給となる。そのため選手はスポーツクラブの受付係、スーパーの倉庫係、土木作業員など、さまざまな仕事に精を出して生活を維持する。しかし一部の熱心な選手は微々たる報酬しか出ない中南米のウインターリーグや豪州リーグでプレーして技術の向上に努める。デニングもその一人で母国のシドニーやアデレードのチームでプレーしている。
豪州リーグの月給は日本円で7万円程度だが、野球後進国のオーストラリア出身で経験の蓄積がないため、オフシーズンも自分を野球漬けにする必要があると思って精進していたのだ。
デニングはマイナーリーグでは2A止まりで、少しの間米国の独立リーグでプレー後、BCリーグの新潟と年俸80万円(月給15万円×6カ月分)で契約したが、もともと貧困ライン以下の生活をしてきたので「住居は家賃月4万円の6畳一間(風呂なし)。昼と夜は行きつけの『ラーメン酒場どさん亭』で食べる500円のワンコイン定食。贅沢は大好きな餃子を食べること」という超プアな生活も全く苦にならなかった。
球団との契約は基本年俸360万円に加え、一軍在籍1日当たり7万6千円が加算されるので懐具合はだいぶ良くなったが、それでも10月まですべて一軍に在籍しても1500万円にしかならない。
すでにキャサリンさんという豪州美人と事実婚状態で彼女はデニングの両親と暮らしている。今年ヤクルトで活躍すれば年俸が5000万円くらいになって家を買う金もできるので、デニングの一試合ひと試合にかける意気込みは、日本人選手の比ではない。
■アンソニー・セラテリ(埼玉西武)
もう一人、ハングリー精神をむき出しにしたプレーで注目されているのが西武のアンソニー・セラテリだ。
セラテリは31歳までメジャーで一度もプレーした経験がないベテラン・マイナーリーガーで、今季西武と契約。年俸は日本のメディアの推定では7500万円になっているが、西武はメジャー経験がまったくないメヒアと初年度(昨年5月契約)3750万円で契約しているので、それ以下の評価だったセラテリは3000万円程度のはずだ。
このセラテリ、序盤は二軍でプレーしていたが5月22日に一軍昇格後はライトのスタメンで頻繁に起用されている。プレースタイルの特徴は日本人選手より日本人的なことで、バントは名人級。パワーはないがボール球に手を出さず四球をよく選ぶ。
このセラテリがキャンプ中「11刀流選手」として話題になったことがあった。投手、捕手以外の七つのポジションをすべてこなせる「守備の7刀流」に加え、スイッチヒッターで左打者にも右打者にもなれる「2刀流」、さらに2年前に「ArS*1プロダクション」という映像制作会社を設立し、オフには社長兼俳優の「2刀流」をやっているので、しめて「11刀流」というわけだ。
それを報じる日本のメディアの記事を見ると、多くの日本人は、セラテリは超人的に器用な人間で、野球以外の才能に恵まれていると思うはずだ。しかし、七つのポジションをこなせるようになったのは、守備力が並で固定できるポジションがないため、故障が出たポジションを転々とした結果、レベルを問われなければたくさんのポジションを守れるようになったに過ぎない。自分の会社を設立して映像関係のスモールビジネスを始めたのは、オフにスーパーやガソリンスタンドの店員をやるよりは多少カネになると思ったからであり、自ら俳優もやるようになったのはプロの俳優を雇う金がなかったからだ。それだけハングリーな生活をしてきた選手なので、日本でもしぶとく生き残るような気がしてならない。
スポーツジャーナリスト・友成那智
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は各媒体に大リーグ関連の記事を寄稿。'04年から毎年執筆している「完全メジャーリーグ選手名鑑」(廣済堂出版)は日本人大リーガーにも愛読者が多い。