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達人政治家の処世の極意 第四回「竹下登」

 政界に恐いものなし、絶対的権力を確立していた田中角栄元首相にとって、唯一、最後まで警戒感を露わにしていたのが、田中派幹部だった竹下登であった。なぜ、警戒だったのか。
 竹下は島根県議を経て国会議員になるや、先週の当欄に登場した佐藤栄作の派閥に入り、その佐藤の退陣後は田中角栄のそれに入った。すなわち、佐藤の下で「待ちの政治」と「人事の要諦」を、田中からは「人心収らんの機微」を学び、政治の裏表、実体を知った。そのうえで、田中同様、記憶力は抜群、田中が蔵相時代、課長以上の経歴を頭に叩き込み、それを縦横に“活用”して最強官庁の大蔵省(現・財務省)を見事に把握してしまったように、竹下はまた島根県議に初当選した直後、一夜で県庁の課長以上の経歴、顔写真を脳裡に刻み込んでこれを“活用”、県政ににらみを利かせたほどの頭脳明晰ぶりだった。ために、田中としてはなんとも煙たい近親憎悪感があり、寝首をかかれる懸念を捉えていたということだった。

 それでは、陣笠議員の頃の竹下の出世ぶりはというと、遅々としたものだった。同期生が政務次官(現・政務官)、副幹事長といった出世の階段を昇っていくのを尻目に、じつに国会対策副委員長を異例の6期約5年を務めたくらいだった。このポスト、その日の国会の委員会のアタマ数を確保するため議員に声をかけて歩くのが大きな仕事という、“下働き”の代表的ポストなのだ。しかし、このサエないポストでの時間を、竹下は見事に生かした。当時の自民党担当記者2人の、こんな証言が残っている。
 「時間があれば国会内の野党控え室へ顔を出し、ニコニコしながら『お茶を一杯ごちそうになりに来ました』などと、“雑談”に精を出していた。時に、国会の状況から『あんたら、アレどう思っている?』などとやると、野党議員はつい乗せられて本音に近いことをペロッとしゃべってしまう。竹下はその一言を胸に刻んでおき、あとでそんな野党の“困ったこと”を黙ってフォローしておいてやったのです。当然、野党議員は感謝、与野党が対立した時でも『竹下が言うんじゃしょうがないなぁ』で、結局は妥協の道を探ることになった」
 「議員会館も、よく歩いていた。かつて一時代を築いた人物でも、さすが往時のようには人が寄って来ない長老議員のところに、特別に用がなくても『近くまで来ましたもので』などと顔を出す。ひとしきりとりとめのない雑談に興じてくるんです。一丁上がりの議員にとっていまが盛り、あるいはこれからの人が訪ねてくれるほど嬉しいことはない。この“元大物議員”は、あとで他の議員と会った時などにしゃべるんです。『この前、竹下クンが来たが、あれはなかなか勉強している。将来、伸びるね』などと。こんな話が、やがて党の実力者にも届き、『竹下を一度使ってみるか』となるワケ。まさに、“老人キラー”でもあった」

 こうした竹下の「雑談上手」は、相手への「おだて上手」ということもできる。おだては、しばしば相手との親近感を高める近道になる。持ち上げられて、悪い気を持つ者はいないからだ。人間社会は、心理戦争のルツボである。サラリーマン諸君は、相手におだての言葉ひとつも出ないようでは、とても出世はムリと心すべきだ。
 筆者は生前の竹下に、何度もインタビューの機会を得ている。竹下は、サラリとこんなことを言っていた。
 「僕のことを、気配り、雑談上手とか、究極のサービス精神とか言う人がいるが、じつは昔からの“習い性”になっているものなんだ。子供の頃からの母親の影響が大きい。『何事も怒ってはいけない。我慢、辛抱が一番。また、汗は自分で、手柄は人にあげなさい』と、よく言われた。それを後年、自然に実行しているに過ぎないのだが」

 田中角栄が脳梗塞で倒れたあと、田中派の圧倒的多くがこの竹下を担ぎ上げ、派閥継承のあと総理大臣へ押し上げた。結局は、「竹下流処世術」が生きたということだった。竹下はその後、徹底したサービス精神と忍耐、我慢のうえで、「言語明瞭、意味不明」と言われた高度な国会答弁を駆使、それまで大平正芳、中曽根康弘の両政権がチャレンジ、挫折したわが国初の「消費税」導入を果たしてみせたのだった。=敬称略=

■竹下登(たけしたのぼる)
衆議院議員(14期)、内閣官房長官(第35・38代)、建設大臣(第38代)、大蔵大臣(第84・86・87・90代)、内閣総理大臣(第74代)、自由民主党幹事長、自由民主党総裁(第12代)などを歴任した。

小林吉弥(こばやしきちや)
 永田町取材歴46年のベテラン政治評論家。この間、佐藤栄作内閣以降の大物議員に多数接触する一方、抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書多数。

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