2隻の護衛艦は4月上旬、ソマリア沖に到着する予定。ロケットランチャーなどを装備した海賊船が待ち構える海域で、なるべく武器を使わずに商船を護衛しなければならない。いかに高性能な護衛艦であっても最善のディフェンス策を取ることができなければ、その能力を最大限発揮することは難しい。かようにも、海賊の武装高速艇VS“沈黙の護衛艦”の構図には不安がつきまとう。
野党はこぞって政府の場当たり的な姿勢を批判している。法治国家の政府が率先して脱法行為をしているのだから見逃すわけにはいくまい。政府は「海賊対処法案」成立までのつなぎというが、衆参両院のねじれが解消したわけではなく先行きは不透明。いいかげんなものである。
新法案の最大のポイントは、警告射撃を無視して商船に接近する海賊船を停船させるための船体射撃を新たに認める武器使用基準の緩和だ。
政府は「海賊は国や国に準ずる組織ではなく、海賊に対する武器使用は憲法が禁ずる海外での武力行使に当たらない」と強弁。しかし、山口大の纐纈厚教授(近現代史)は「海賊対策を前例に、ほかの自衛隊の海外活動でも武器使用基準を緩和したいという思惑が透けてみえる。なし崩し的な緩和には歯止めが必要だ」と警告する。
実際、共産党と社民党は強く反発。民主党の直嶋正行政調会長も「現行法で海上自衛隊を出すことには無理がある。新しい法律できちっと対応すべきだ」と法整備の必要性に言及している。
こうした状況下、自衛隊サイドからも不安を訴える声が聞こえてくる。「とりあえず海上警備行動でという発想は疑問が残る」と自衛隊幹部。防衛省幹部も「つなぎのはずの海上警備行動が恒常化し、出口を見失うのでは…」と心配する。
海上警備行動には警察官職務執行法が準用されるため、海賊船に危害を加える射撃は正当防衛か緊急避難に限られる。立証責任を課せられるのは海自側だ。そもそも海外での武力行使は明確な憲法違反であり、戦後平和を築いてきた非戦国ニッポンの歩みに逆行する。それを「とにかく行け!」的に背中を押され、手足を縛られたまま海賊相手に命をかける乗組員はたまったものではない。
海賊に遭遇した際に現場の指揮官が難しい判断を迫られる局面も予想されるため、派遣部隊は現地到着までの間、武器使用の手順や相互の連携を繰り返し訓練中。家族もさぞかし心配だろう。
軍艦マーチが鳴り響く広島・呉基地で14日、出港する2隻を約1200の乗組員家族らが見送った。黄色いハンカチや帽子を振る人もいた。甲板に整列した乗組員らは白い制帽を回して答礼した。呉港沖では、反対派の市民団体「ピースリンク広島・呉・岩国」約30人がゴムボートを浮かべて抗議活動を行った。その横断幕には「自衛隊の参戦を許さない」とあった。
これほど不安だらけのなかで見切り出港させたにもかかわらず、現地で見送った麻生首相は、海賊対処法案について「一日も早く成立するように頑張らなければいけない。事が起きてからでは遅い」とKYコメント。まるで他人事だからあきれる。
日本からはるか約1万2000キロ離れたアデン湾を目指し、航海する沈黙の艦隊の乗組員の胸中には何が去来しているのだろうか。中途半端に出撃命令を下した麻生首相の政治責任はきわめて重いといわざるを得ない。