さらに、昨年19勝3敗、防御率1.77という驚異的な成績をマークした右のエース、ザック・グレインキーがプイグとの軋轢を嫌って再契約を拒否。FAで同地区のダイヤモンドバックスに移籍、6年220億円の契約を交わしチームを去った。
これでローテーションは大きくレベルダウンした。そのうえ、キャンプで8人いる先発投手のうち4人が故障して長期欠場することになり、ローテの5番手にルーキーのストリップリングを起用してシーズンに臨まざるを得なくなった。
一方、宿敵ジャイアンツはオフに積極的に動きエース級の先発右腕ジョニー・クエトとジェフ・サマージャを獲得したため、チーム力は完全に逆転。アナリストや記者の多くはジャイアンツの地区優勝を予想し、問題山積のドジャースには高い評価を与えなかった。
そんな悪い流れにピリオドを打ったのがマエケンこと前田健太だった。
先発の4番手レベルと過小評価されていたマエケンがメジャーで投げ始めた途端、無失点を続けたことはチームにとって嬉しい誤算であり、久々の明るい話題になった。いきなり14イニング無失点をやってのけたことで、ファンはグレインキーが抜けた大きな穴をしっかり埋めてくれる投手が出現したことを知り、メジャー・ナンバーワンの投手であるカーショウに次ぐ第2エースになることを期待するようになった。
結果的にマエケンの出現で、ドジャースは悪い流れにピリオドを打つことができたので、彼の出現はチームにとっても大きな意味を持つものとなった。
マエケンは速球の平均スピードが145キロ程度で、メジャー球団の評価もダルビッシュや田中将大に比べるとワンランク低かった。それなのに、初登板からこれまで日本人投手が見せたことのないレベルの活躍を見せているのはなぜか?
米国スポーツメディアのアナリストや記者連は、以下の2点を高く評価している。
一つはハードヒット率の低さだ。この指標は強いライナー性の打球や痛烈なゴロ打球が出る比率を示すもので、メジャー平均は15%程度だ。マエケンはこれが9%程度で、メジャーでもトップレベルの低さ。これは、同じ球種を投げる場合でも、一球一球スピードと軌道を変えながら投げているため、打者はドンピシャのタイミングで叩くことができないのが最大の要因だ。
マエケンは速球系のスピードが140キロ台の中頃なので、打球がいい角度で上がり外野に飛んでいくと一瞬外野席まで飛ぶように見えるが、打球は失速して大きな外野フライに終わることが多い。これは微妙にタイミングが狂っているからで、計算し尽くされた投球の産物と言っていい。
もう一つ高く評価されているのは、ボールになるスライダーを振らせるテクニックだ。
マエケンはスライダーを最大の武器にしていて、広島時代からスライダーでスイングを誘う技術はピカイチだった。それがメジャーに来て以来、この得意技を使う頻度が増えた。これはメジャーのストライクゾーンが外側にボール1つ分、ないし1個半くらい広いことをフルに活用して、右打者を仕留める手段にしているからだ。
マエケンの好調を語るうえで、もう一つ見逃せない要素になっているのが、優秀なキャッチャーの存在だ。日本人投手は変化球を多用するため、リードの上手い捕手と組んだ場合と、そうでない場合とでは防御率がまったく違う数字になる。松坂大輔はレッドソックス時代、リードの上手いバリテックと組んだ時の防御率は4.00だったが、リードの下手なビクター・マルチネスと組むと5.47、サルタラマッキアと組んだ時は7.25というひどい数字だった。岩隈久志は今季、受ける捕手が入れ替わって的確なリードをしてもらえないので、投球自体は悪くないのに防御率が4点台で、勝ち星に見放されている。
それとは逆に、マエケンは捕手に恵まれている印象を受ける。今季は正捕手のグランダルが6割、第2捕手のエリスが4割くらいの比率で女房役を務めると思われるが、グランダルは昨年の捕手防御率が3.34、エリスも3.35でともにトップレベルだった。エリスは特に変化球の使い方が上手く、マエケンの初登板と2度目の登板時に女房役を務めて、2試合連続で無失点ピッチングをサポートしている。ドジャースを選択したメリットはいくつかあるが、キャッチャーに恵まれたこともその一つだ。
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2016」(廣済堂出版)が発売中。