それが流砂の恐怖である。
懐かしの秘境探検映画からビデオゲームに至るまで、流砂の恐怖は娯楽作品のギミックとして広く用いられており、海外には流砂からの脱出をテーマにしたボードゲームもあるほどだ。無害そうな雰囲気からの暗転から犠牲者のパニック、そして近づくこともままならない同行者が、なんとか手を差し伸べようとする緊迫感など、流砂にはスリルやサスペンスを盛り上げる要素が詰まっている。
そもそも、流砂とは多量に水分を含んで飽和状態となり、わずかな圧力や振動で崩壊して流動化する地盤である。そのため、外見上は安定した地盤のようで、娯楽作品などで描写される「足を踏み入れるまでわからない」ことと、あわててもがけばもがくほど「深く沈み込んでしまう」ことは、いずれも流砂の特性にもとづいている。
しかし、流砂と言っても「水分を非常に多く含んだ不安定な土壌」であり、当然ながら浮力も生じている。そのため、落ち着いて動作を抑えれば沈まなくなるし、ほとんどの流砂は流動層が浅く、子供でもなければ硬い地盤に足が届く。そして、子供は軽いから沈まない。つまり、流砂は人間を飲み込まないし、流砂に溺れて死ぬことは無いのだ。
実際、アムステルダム大学物理学教授のダニエル・ボン博士が、イランの流砂を再現した環境で行った実験でも、流砂が人体を飲み込むことはなく、溺れることもなかった。ならば、流砂の恐怖は神話であり、単なる踏破困難かつ不快な地形に過ぎないのか?
しかし、流砂地帯には往々にして「流砂注意」の警告があり、なかには立ち入りが禁止されているところもある。
なぜなら、流砂地帯では死亡事故が発生しているのだ。
(続く)
Photograph(C)Andrew Dunn, 24 September 2005.