それはなんとも唐突な変更だった。無断欠勤などを咎められ、親方の中では最低、引退したばかりの親方が遇されるヒラ年寄に降格された貴乃花親方。クビにならなかっただけでも儲けもの。そんな厳しい状況だっただけに、この屈辱的な処分も淡々と受け入れた。
「今後は自分に与えられた職責を果たし、弟子の育成と大相撲の発展のためにゼロからスタートしてまいります」
そう文書で発表し、前向きの姿勢を見せていた。ケンカに負けたのだから、何をされてもやむなし、という心境だったに違いない。
そんな貴乃花親方に課された最初の仕事が、4月1日の伊勢神宮を皮切りに、近畿、愛知、静岡と北上して関東近辺を回る春巡業の審判だった。
「貴乃花親方の扱いには八角理事長もかなり苦慮したと思います。ひどい扱いをすれば『報復人事だ』と非難されるため、中途半端なことはできない。そういう意味でも、審判員を命じたのは妙案でした。まだまだ人気者ですし、ファンの前では変なことはできませんから。貴乃花親方も受け入れやすかったのではないでしょうか」(担当記者)
貴乃花親方は、過去にも審判部に在籍したことがあり、言ってみれば勝手知った古巣。再出発するにはもってこいの職場でもあった。
ところが、準備を整えていざ出発という前日の3月31日、貴乃花親方は突如、春巡業メンバーから外された。八角理事長と春日野巡業部長(元関脇栃乃和歌)が話し合い、1場所出場停止処分を受けた貴公俊や、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などで貴ノ岩らが巡業を休場していることを踏まえ、「部屋に残って弟子の指導や管理をしっかりしてもらった方がいい」と判断したのだ。
一見すると、相撲協会の恩情のように見える。しかし、「そうではない」と言い切るのは、貴乃花一門に近い元力士だ。
「明らかに貴乃花親方に対する嫌がらせですよ。巡業に出れば、まだ一目見たいというファンが大勢いて、大声援を受けるのは目に見えています。そうなると、『オレのやってきたことは間違っていなかった』とまた思い、どんな反抗心を燃やすか分かったものではありません。だから、目の届く東京にとどめ置いてしっかり監視しようとしたんです。言って見れば閉門蟄居。おそらく周囲には監視の目が注がれているはずです」
どこまでいっても貴乃花親方は、八角体制サイドから見れば要注意人物なのだ。これでは再起・再出発などままならない。ただ、おかげでまたまた八角理事長の立場を揺るがすような事件には遭遇せずに済んだ。