『猿の悲しみ』(樋口有介/中央公論新社 1785円)
ハードボイルドという単語は随分と多くの人から誤解されている。トレンチコートを着た私立探偵が独りひっそりとバーでウイスキーかジンを飲み、男のダンディスムをかもし出すような小説や映画がハードボイルド、と考えている人は少なくない。これはもちろん、ハンフリー・ボガート主演の映画『マルタの鷹』と『三つ数えろ』によって作られたイメージだ。前者はダシール・ハメット、後者はレイモンド・チャンドラーの小説が原作である。
大藪春彦の小説を連想する人もいるだろう。バイオレンスと銃撃を得意とする主人公が、欲望に忠実に女性を抱き、クールに捨てる、というイメージだ。男の夢をストレートに表現している小説や映画がハードボイルド、と思っている人がかなり多いのである。しかしハメットや大藪の小説をじっくり読めばそう単純な小説ではない、とわかるはずだ。
樋口有介は単純ではない部分をきちんと拾い上げて独自のハードボイルドを書いてきた人である。繊細で飄々とした男を探偵役にしてきた。本書は弁護士事務所の女性調査員が主役だ。かつて殺人罪で服役したことがあり、今は息子がいる30代。そんな女性が殺人事件の謎に挑む。ワクワクする設定ではないか。
ハードボイルドもいろいろある、単に男の夢を描いているだけではない、と読者に教えてくれる小説だ。(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『どうせ死ぬなら「がん」がいい』(中村仁一・近藤誠/宝島社新書・770円)
ベストセラー『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の中村仁一氏と、本誌今週号のインタビュー記事にも登場していただいた近藤誠氏が、「がん」と「死」を大いに語り尽くしている。またまた話題になること間違いなしの1冊だ!
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
雑誌や書籍を読んでいると、素朴な疑問を感じることが少なくない。「金持ちになる方法、成功・体験談は載っているが、本当?」「特集は年金不安。不安をあおるだけで、将来、年金で暮らしていけるか書かれてない」…など。
本があるテーマを喚起すれば、同時に「本当はどうなの?」と疑問がわいてくるが、その疑問に答えてくれる雑誌はあまりない。
『月刊リベラルタイム』(リベラルタイム出版社/500円)は「読者の疑問に答えるビジネス誌」がコンセプト。毎号の特集は、読者から寄せられた疑問からスタートしている。冒頭にあげた年金、金儲けもそう。最新号は「地方の名家」がテーマ。地方に行けば必ず目にする名門家庭は、今も衰退していないのか。そうだとすれば、財産を維持する方法は何かという、読者からの素朴な「?」が出発点だという。
似たテーマでは今年6月号に「日本の富豪 成り上がりの秘訣」というのもあった。他誌にはないのぞき見的なアングルが面白い。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意