この曲が『悪魔のトリル』と呼ばれるようになったのは、イタリアのアッシジに居住していたころ、作曲に行き詰まっていたタルティーニが、夢の中に出てきた音楽の悪魔が足下で弾いた曲から着想を得たという伝説が残されているからである。一説には、魂を売って伝授されたとも言われる。この曲は演奏するには高度な技術が必要で、”悪魔の仕業”と演奏者がぼやく姿が脳裏に浮かぶ。
他にも、弾いた音楽家を不幸に陥れる「悪魔のヴァイオリン」という楽器も存在する。ヴァイオリン好きの少女に恋をしたアルドブランディーニ枢機卿(後のローマ教皇クレメンス8世)は、彼女のために豪華な装飾入りの最高級のヴァイオリンを作ってほしいと考えた。結局、イタリア・ガルダ湖畔にあるサロという町に住むヴァイオリン職人ガスパロ・ディ・ベルトロッティに依頼した。
この仕事を引き受けたガスパロは、最高品質で胴やネックを製作。その装飾を作家ベンヴェヌート・チェリーニに依頼した。そして完成したのが「悪魔のヴァイオリン」こと「ベンヴェヌートのヴァイオリン」である。
このヴァイオリンの完成を待ちかねていた枢機卿は、さっそく恋心を抱いていた少女に与えた。2人の天才の思いが込められていたからだろうか。その音は狂ったように響き、旋律には異常なテンションが乗っていた。演奏をしていた少女はまるで何かに取りつかれたように「悪魔のヴァイオリン」を弾き、最期には絶命してしまった。
ショックを受けた枢機卿はヴァイオリンを封印するが、彼女の死後20年目に供養の意味を込め、ある音楽家に演奏を依頼した。だが、この音楽家も演奏中に何かに憑依され、高熱を出して倒れてしまった。
枢機卿の死後長く封印され、「悪魔のヴァイオリン」という怪奇伝説が生まれるのだが、1646年にある音楽家によって演奏されてしまう。もちろん、この音楽家にも呪いが襲いかかり、演奏後精神が崩壊。入院するが首つり自殺を遂げてしまうのだ。
その後も「悪魔のヴァイオリン」の呪いはさまざまな音楽家へ波及していくのだが、その詳細は次回に譲ろう。
(山口敏太郎)