東京都郊外の一戸建てに住む主婦のAさん(76)は高血圧の症状もなかったが、昨年12月、首都圏が今年初めての寒波に襲われた時、トイレで倒れているのが見つかった。
「大イビキをかいて、倒れていました。さらにトイレはお小水で水浸し。本人も濡れていました。発見した父はすぐに救急車を呼び、開頭手術がなされましたが、右半分に重い後遺症が残りました」
当日の様子を、Aさんの息子は語る。
実はAさんのように、ヒートショックで亡くなる人は年間約1万人。なんと、交通事故死の2倍にものぼるという。
今年はとりわけ寒さが厳しいせいか、各地で高齢者が風呂で溺死する事故が相次いでいる。浴槽内溺死者の8割が、65歳以上の高齢者とのこと。
山梨大医学部名誉教授の田村康二氏(心臓内科)がいう。
「ヒートショックという言葉は、医学事典のどこを見ても載っていません。医療の世界よりむしろ、建設業界で使われてきた言葉ですが、最近、医療の世界でも知られるようになってきました。昔、一戸建ての家は室内が寒かった。暖かいのは炬燵の中だけというほどでした。ですから、ここまでヒートショックによる事故というのは、話題にならなかったんです。というのも、家の中は寒いものの、室温はどの部屋もおおむね同じだったからです」
一般に、住宅内の室温は13〜18度だといわれる。しかし、暖房器具の発達で、ファンヒーターが入っている室内は23度くらいまで上昇する。
そんな暖かい室内でくつろいでいた高齢者が、入浴やトイレに立って、10度も低いところへ行くと温度差に体がついていけず“事故”を起こすのだ。
高気密の最近の住宅はともかくとして、1980年以前に建設された断熱性能の弱い木造家屋ほど、室温差が発生しやすいといわれる。
暖かい部屋では血圧も脈拍も安定していても、寒い浴室の脱衣所で服を脱ぐと、急激に血管が収縮し、血圧が上昇する。さらに、浴室も最初は暖まっていないので、血圧はいっそう上がるというわけだ。
加齢とともに血管がもろくなってくるとなおさらだ。