森田は出会い系サイトやお見合いパーティなどで女性と出会うと、最初は優しく振舞い、部屋に連れ込むとたちまち態度を急変、暴力的な言動や行為で女性を逃げられないようにしていた。
森田は女性たちにろくに食事も与えず、「ちゃんと返事をしろ」「どこを見ている」などと、些細なことで言いがかりをつけては、顔などを力任せに殴りつけた。暴行は素手だけでなく、木刀や木の棒などを使って行われた。時には女性を皮製のベルトで縛りつけ、包丁を突きつけたり、ライターの火を押し付けたりしたこともわかった。
当然、女性たちは悲鳴を上げ逃げ回った。しかし、彼女たちが監禁されていた部屋は、窓も目張りされ、外からは音も光も入らないようにされていた。しかも、電灯は小さな電球がひとつだけ。そんな暗い閉ざされた部屋の中で、食事も与えられずに連日暴行を加えられ、女性たちは衰弱のあまり抵抗する気力もなくなっていった。そして、一種の「マインドコントロール状態」となり、逃げたくても逃げられなくなってしまうという。
それでも、なかには森田の隙をついて、「助けて」と書いた紙を外に見せようとした女性もいた。しかし、そのメモが森田に見つかってしまった。
「逃げようとしたな!」
激怒した森田は、木刀などを手に、さらにひどい暴行を彼女に与えた。
「ごめんなさい、許してください!」
おびえ、泣き叫ぶ彼女に、森田は容赦ない暴力を加えた。女性の体は、皮膚が破れ、血が噴き出す。それでも森田は暴行をやめなかった。
事件発覚後、森田の部屋には折れた木の棒や木刀、手製の革ベルトなどが散乱していたという。
警察の取り調べに対して、森田は犯行を完全に否認。そして横柄な態度で、反省や謝罪の言葉など一切その口から出ることはなかった。それどころか、「被害弁償した金を返してほしい」などと豪語する有様だった。
2007年9月3日、大阪地裁は森田に対して、「女性の人格、人権を踏みにじった残虐な犯行。反復性も強く、反省もみられない」として、懲役20年の判決を下した。森田は控訴したが、翌年に大阪高裁でも、森田の行為は「残忍極まりない」として、同じ懲役20年が言い渡された。(了)