主演はもちろん、伊丹監督の妻でもある宮本信子、この作品では夫を失い故郷に帰った後、ひょんなことから幼なじみの小林五郎(津川雅彦)の経営するスーパー「正直屋」を立て直す手伝いをすることになってしまった井上花子を演じる。
内容としては、今まで店舗経営の経験のないが、パートの達人としてならした主人公が、自身の信念とひらめきだけで、周りのスタッフの信頼を得て、店長になり、ダメダメなスーパーを再生させるという、わかりやすいほどベタベタのサクセスストーリーだ。しかし、コメディ映画でありながら、スーパーのバックヤード側のやりとりを扱ったという部分でこの作品は、現在においても貴重だろう。
序盤から、花子がレジ係チーフとして就任した場面で、いきなり惣菜のトンカツを揚げなおして、弁当用のおかずとして再利用を指示する衝撃的なシーンが挟まれる。それ以外にも、日付の古くなった魚を、もう一度パックしなおして、新しい日付で陳列する「リパック」という方法や、和牛に輸入牛肉を混ぜる産地偽装のテクニックなどが紹介される。
現在では食品の産地偽装の問題や、賞味期限、消費期限の偽装などが問題になることも多くなったが、当時はそれほどではなく、90年代後半から始まった、デフレ社会での安売り競争に問題を投げかけた初めての作品でもあるかもしれない。最近では内部告発などで、こういった問題が明らかになるケースも増えているが、当時映画の題材としてこの問題を扱ったのは画期的だった。花子が働く正直屋を買収すべく、妨害を入れてくる「安売り大魔王」はその名前の通り安売りを旨とするスーパーとなっており、肉の鮮度の悪さを赤い照明で偽造したり、明らかに在庫数の少ない商品の安売りでお客を釣るなど、当時は公然と行われていた常套手段をとってくる。そのスーパーに安売りも念頭には入れつつも、鮮度や顧客サービスで勝負することになるのがこの作品の大きな見どころだ。
しかし、花子が勤め始めた当初は正直屋も例外ではなく、当然のように、品質管理を無視した利益主体の行為が行われている。特に食肉担当と鮮魚担当の部署が職人の領域で、治外法権のようになっており、そこの問題に花子が立ち向かっていく部分にこの作品のかなり尺が割かれている。色々と注文をつける花子に、食肉チーフ(六平直政)が「肉の混ぜ方も知らないで」という言葉を吐くのが印象的。ここでただスーパーの問題だけを扱っていると、ただのウンチク作品になってしまうが、そこにコメディ要素、特に花子と五郎の言い合いで笑いを提供しているため、シリアスになりすぎず、テンポもかなり良い。
花子の考え方が、完全に主婦目線などもこの作品の大きな特徴だ。「まだ買うものが決まっていない主婦は、まず冷蔵庫の補充から行う。だからスーパーの売り場は野菜から始まっている」と野菜売り場の改善を提案したり、一部商品の大幅値下げに異論をとなえ、店にある6000アイテムすべての1割引きを進め「主婦はこのチャンスを見逃さない」と断言するなど、主婦の習慣を先読みしての戦略が光る。この花子の行動が、スーパーの業務改善をより親近感のあるものにしている。まあ、映画なので、全て上手くいきすぎという部分もあるが。
全体的に社会派コメディとしてはかなり面白くなっている。しかし、他の伊丹監督作品である『マルサの女』や『ミンボーの女』のように、主人公と対立する人物がエキセントリックじゃないのは若干物足りない部分か。一応安売り大魔王の社長(伊藤四朗)はその部分ももっているが、残念ながら出番が少ない。はじめ対立していた鮮魚部チーフ(高橋長英)は普通に頑固な職人といった感じ、青果部チーフ(三宅裕司)も段取りが悪いだけで、花子の改善策が上手くいくとあっさり味方になってしまうなど、なんというか、主人公の行動を阻む役として魅力不足だ。その分この作品では花子がかなり思いつきだけで突っ走るなど、エキセントリックな役どころではあるのだが。
結局直接的な悪役となると安売り大魔王に情報をリークしていた正直屋店長(矢野宣)と高級和牛を横領していた食肉チーフだけということになる。この2人はエゴ丸出しで、いいキャラではあるのだが、やはり小物感が…。まあ、どこにでもある中小のスーパーが舞台だから仕方ないのかもしれないが。
敵が小物すぎることを危惧したのか、終盤は売り物の肉を持って逃亡しようとする、食肉チーフと屑肉業者(不破万作)に五郎がカーチェイスを繰り広げる。このシーンだけ独立してかなり派手だ。冷凍車をデコトラで追走しており『トラック野郎』を彷彿とさせる。パトカー吹き飛ばすし、狭い道路激走するは、もうやりたい放題。この部分のメインストーリーとのスケールの違いは、観る人によって賛否がわかれるかもしれない。
欲を言えば、その前のスーパー内での花子と肉の屑肉業者の追いかけっこをもっと見たかった気がする。キャスターを使った高速移動はまあ面白かったが、売り場の商品を使ってカンフーバトルするとか、もっとアホっぽいシーンがあってもよかったかも。でもスーパーという身近な題材を扱った作品としてはかなり魅力に溢れているのは確かだ。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)