「こんなこと言うと誰も信じてくれないんですけど…」
Y嬢はちょっと沈んだ表情でそう言い出した。
「ん? どんなこと?」
「いいです。どうせ信じないだろうし」
「話してみなよ。言わなきゃわからないでしょ」
そう言うと、Y嬢は切り出した。
「実は、私、カッパを見たことあるんですよ」
それはカッパの目撃談だった。普通の客なら、馬鹿にしたり、信じないだろうが、私はカッパについて少し調べたことがあったので、
「それって、何色だった?」
と聞いてみる。するとY嬢は、
「皮膚を色を赤っぽくさせた感じなんですよ。カッパの手の部分に水かきがついていて…。本当なんですよ」
と答えた。
「皮膚を赤っぽくさせた感じ」というのは、おそらく、多くの人が抱いているカッパのイメージとはかけ離れている。緑か、人間の皮膚の色と想像する人が多いのだろうが、実は、カッパの色は、地方によって違っているという説がある。
カッパは「UMA」であるという立場の書籍を担当した編集者によると、カッパの色は、北では赤、南では緑、だという。この話を聞いていた私は、Y嬢の出身を聞いてみた。
「山形です」
まさしく、説どおりだったので、私は信じることにした。
「え? 信じてくれるんですか。うれしいです。そんなお客さん、いませんでしたよ」
その後、Y嬢からの営業メールはほとんどカッパの話。私も、カッパの話を聞くために、私が通う羽目になる。
女性たちは様々な理由でキャバ嬢になる。そのなかには「心の闇」を抱えながら、自分の生きる理由を探す人もいる。
別のキャバクラの「A」。そこに、セーラー服のコスチュームを着たE嬢(20)がいた。やる気のなさが気になり、こちらから話をふってみた。
「音楽とかよく聞くの?」
「ゆずが好きです」
なぜ、「ゆず」なのか。ちょっと気になった私はさらに突っ込んでみた。すると、E嬢が語り始める。
「元気がでるじゃないですか…。実は、私、去年死のうとしたんですよ。それで、自殺系サイトで、心中募集に応募したりしていたんです。実際に、会ったりもしましたよ」
まさか、セクキャバでネット心中に応募したことがある嬢に会うとは思ってもみなかった。話を聞くと、中学の頃からリストカット(リスカ)をしているらしく、照明が暗いのでよく見ないとわからないが、手首には薄く傷が…。
手首に傷があるキャバ嬢はけっこういる。そのため、リスカ経験のある友達を持つというキャバ嬢も少なくない。
「私も友達にメンヘラーは多いですよ」
そう話すのは「V」店のN嬢(18)。
「メンヘラー」というのは、メンタルヘルスが弱っている人たちを指す言葉だ。
なぜメンヘラーがN嬢に近寄ってくるのだろうか。N嬢も中学時代、学校に行けずに、高校を中退している。クラスメイトとの関係に違和感を抱いていたという経験があるためだろうか、メンヘラーの共感を呼ぶ。N嬢は、メンヘラーが抱く教室や職場の違和感のようなものを理解している。
「でもね、私は、そういう子好きじゃないんですよ。自分のことばかり考えちゃって、悲劇のヒロイン気取りで…。勝手についてくるんです。私が彼女たち叱ったり、怒ったりするんですけど、それがいいんじゃないですか」
姉御肌で、正直なN嬢は、人と向き合っている感じがするのだろう。だからこそ、悩み相談を受ける立場になる。
ここに取り上げた嬢たちは、すでに店にいない。でも、私は「もう一度会ってみたい」と思う。そう思えるキャバ嬢に会えるかどうか。キャバクラの原点であることは言うまでもない。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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