もう、馬ではない。今にも「ガオーッ」とほえ出しそうな迫力がフサイチホウオーに漂い始めた。
「今回は三千の長丁場。これまでと同じ調整ではダメです」と松田国師は言い切った。内枠に泣かされた皐月賞、レース前にイレ込み、精神面の弱さを露呈したダービー。クラシック級の器と評されながらその地力を大舞台で発揮することなく、とうとう菊の淀決戦を迎えてしまった。
チャンスは一度きり。松田国師は究極の仕上げを施す構えだ。
「カイバをたっぷり食わし込んで、そこから体を絞り込んだ。父のジャングルポケットのイメージを前面に出すような調整をしてきたつもりです。けたたましい感じで本番に出走させたい」
スピードや切れ味だけでは勝てない。スタミナに加え、道中、ライバルを威圧するようなオーラを身にまとうため、ホウオーは野獣になる。
菊花賞を見据える上で、はっきりさせておかなくてはならないのは前走の神戸新聞杯だろう。直線、まったく反応せず12着に敗れた。
夏場は栗東でじっくり調整され、インフルエンザ騒動とも無縁だった。謎めいた敗戦を師はこう分析した。
「もともと右の背骨に弱い部分があって、それを前走の返し馬か、道中で痛めたのかもしれない。レース後はすぐ息が入ったし、調教でも疲労はまったく感じない」
ホウオー自身が本能を働かせ無理をしなかったとすれば、あの大敗は試走として割り切れる。もちろん中間はそのあたりのケアを徹底した。馬を大事にしながら、同時に、攻めた。
「秋に入って肩や腰にすごい筋肉がついた。この体でどうして走らなかったのかと思うぐらい」悔いを残した春、それをすべて取り返すのが秋だ。
「馬に触るのが怖いぐらいギリギリに仕上げます」と師は静かにうなずいた。ホウオーが飛翔の準備を整えつつある。