『戯れの魔王』篠原勝之 文藝春秋 1800円(本体価格)
★ひとつも借り物でない語彙が眩しい
鉄とガラスを駆使した独特の透明感溢れるオブジェ作品で知られる“ゲージツ家”KUMAさんこと篠原勝之氏。同時に氏を語る上で不可欠なのが、練達の作家としての横顔だ。泉鏡花賞に輝いた前作「骨風」から三年、ファンにはたまらぬ待望の最新短篇集が本書。
若き頃から互いに意識し合いながらもつかず離れずの距離でいた俳優・麿赤児氏から、その主宰する舞踏集団「大駱駝艦」旗上げ四十五周年公演に際し、舞台装置の目玉にオブジェの提供のみならず出演まで依頼され、稽古から本番千秋楽までみっちりつき合う顛末を描いた表題作はじめ、どの作品も硬質な叙情と乾いた優しさ、突き抜けた明るさと裏返しの厳しい寂しさに満ちている。
話のついでだが、著者には十七年前に書き下ろしで出た「蔓草のコクピット」(やはり文藝春秋刊)という長篇があって、これが心底とろけて惚れ惚れする青春小説の大大傑作なのであるが、あろうことか絶版。現在入手困難なのがもったいなくも歯痒い。
鉄の街、室蘭で生まれ育ち十七で家出した少年はやがて六十年代の東京へ。肉体労働に明け暮れつつ、偶然出会った唐十郎氏率いる状況劇場に参加。美術と宣伝ポスターを一手に引き受けて鉛筆を使った濃厚な細密画のごとき画風が評判を呼ぶも、気がつけば新たな表現を求めて暗中模索…そして運命的に、鉄という素材と天啓じみた遭遇を果たす日を迎える――ものづくりを目指す人間なら共通して魂を鼓舞されること疑いなしのこの物語。本書に連なる点でもあるが、徹頭徹尾、それを綴る文体に限りなく篠原氏自前の、ひとつも借り物でない語彙なのがかけがえなく眩しい。この場を借りて版元に復刊を強くリクエストしておこう。
(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
江戸時代の色街というと、徳川幕府が唯一公認していた遊郭・吉原が有名だ。だが、この他にも品川などの宿場町、谷中などの門前町などにも私娼婦が集まった非公認の色街があったという。
非公認の場所は岡場所とも呼ばれ、遊女たちは「飯盛女」とも、「湯女」とも言われた。遊ぶ代金も格式の高い吉原より格段に安く済んだという。
そうした色里の賑わいを紹介した書籍が『江戸を賑わした色街文化と遊女の歴史』(カンゼン/1700円+税)。監修は安藤優一郎氏。江戸〜幕末にかけての著書を数多く持つ歴史家だ。
街道の要衝に位置し、旅人が宿泊する宿場町、寺社への参拝のために人が行き来する門前町、水運の拠点として労働者が多かった隅田川沿いの港湾の湊(みなと)など、男たちが集う場所には必ずと言っていいほど遊女がいた。その様子はホテトルやラブホテルが密集する現在の繁華街と何ら変わりなかったろう。
違うのは、そこで働く女性たち。江戸時代の遊女たちは、貧困ゆえに身体で稼ぐ以外に術を持たなかった。
今はどうだろうか。江戸時代に比べて庶民の暮らしは豊かになったというが、半面、現代人は心に“何か”が足りないのではなかろうかと思わされる。
人が往来する場所に風俗街があるのは、今も昔も変わらない。そして、その繁栄をもたらした男たちの欲望と、女たちの光と影について詳細に解説しているなど、興味の尽きない1冊となっている。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)