「相撲の世界では、なるべく横文字をダラダラ並べないというのが基本です。たとえば、『淡い黄色』という表現を、今の人は『パープルイエロー』と表現するようですが、それで視聴者は映像をイメージできるか。また逆に、『群青色』というやや紫を帯びた深い青色を今の人に聞くと、どんな色かわからないと言う。これは困ったと思いました」
「繻子の締め込みが土俵の電光に映える」と実況すると、ラジオを聴いているファンは絹糸でできたまわしが土俵の上の電光で光り輝いているんだなというイメージが湧く。まわしの色が淡い黄色だとして、そこで「パープルイエロー」と言ってしまえば一気に興ざめしてしまう。
「色遣いを日本語で表現するとどうなるのか。実際、道端で出会ったものを放送で言うとなると、どんな感じになるか。現役時代は常にそうしたことを考えていました。『浅葱色』は薄い藍色ですが、『水浅葱』という水色がかった浅葱色もある。カラー放送の時代ですから、それを言う必要もないが、ラジオではそうはいかない。アナウンサーという職業は四六時中勉強ですよ」
実際にそれは、ラジオとテレビでの実況方法の差に表れる。
「例えば、白鵬が上手を取ったとします。テレビだったら『上手を取った白鵬』、これで十分かもしれませんが、ラジオは必ず主語を頭に持ってくる。ラジオはきめ細かく聴いている人が映像を描いていただけるように表現することが大切です。そして、色までわかるように言う。色遣いを日本語で表現するとどうなるかにこだわったのは、そのためなんです」
また、杉山は常に客観的で冷静に実況をするように心がけていたという。
「あらゆる情報は土俵にある。すべて土俵が中心というのが私の信念です。健康に恵まれているということもあって、これまで61年間、本場所の土俵は欠かさず見てきた。ブレない頑固さが私の誇りですね」
「泣きの杉山、泣かせの杉山」と呼ばれ、人情アナの異名を取った杉山は、大の初代・貴ノ花贔屓。貴ノ花が引退した'81年初場所7日目の実況放送では、思わず感極まった。「今日貴ノ花関が引退です」、その後の言葉が続かず涙が止まらない杉山に視聴者はより感動を覚えた。記者は、その杉山の様子を横で見ていた解説の玉の海梅吉氏が、貴ノ花の初土俵からの思い出を語り始めたのを覚えている。名解説者と名アナウンサーの人間ドラマを見る思いだった。
角界一の猛稽古で鳴る二子山部屋を見てきた杉山が、昨今の稽古不足をこう嘆く。
「土俵の鬼の初代若乃花と弟弟子の元小結若ノ海は、三番稽古といって2人で続けて申し合いをする稽古を1時間半くらいやっていましたよ。それくらいやると逆に荒い息遣いも収まり、さらにそれを超えると汗も出なくなる。いくら雑巾を絞っても水が出ない、そんな感じになるわけです。最近は稽古といっても、20番やる稽古は珍しい。30番やると、かなりいい稽古したなと満足してしまうほどです。高田川親方の安芸乃島が現役の頃、100番以上の稽古をやって親方からやめろと言われましたが、今は総じて稽古が足りません。大横綱大鵬は現役の時、涙ぐましい努力をした。しかも、質、量ともに考えながらです。ファンに納得してもらえる相撲を見せるには、まずしっかり稽古すること。それに尽きますよ」
61年土俵を見続けてきた努力の男が大相撲に贈る言葉は「稽古せよ」。これに反論できる力士は一人もいないだろう。
(文・大津太郎/写真・山田隆)
すぎやま・くにひろ
1930年福岡県生まれ。日本福祉大学生涯学習センター長・客員教授。プロ野球、高校野球、競馬の実況中継も手掛けたNHKを代表するアナウンサー。「土俵の鬼 三代」(講談社)などの著書もある。