女性教師の「三姉妹の次女が、自殺した姉の葬式に来ていた男性に一目ぼれした。また彼に会うためにはどうすればいいか」という質問に対し「妹を殺して、また葬式を出せばいい」と子供たちに答えさせたというもの。これを聞いて僕は、ブラックジョークとして出来過ぎているし、以前にもどこかで聞いたことのある話に思えた。そこで同校の卒業生である知人に話を訊いてみたところ、クイズの質問部分だけ伝えた時点で「妹を殺すんでしょ」と、あっさり正解を言い当ててしまった。「どうして分かったの?」「だってそれ、八百屋お七が元ネタだから」なるほど八百屋お七の話なら何度か聞いていたはずで、単に忘れていただけだったようだ。
「振袖火事」や「明暦の大火」と呼ばれる江戸時代に発生した大火事の折、避難先の寺院で出会った僧侶見習いの男性を好きになった、八百屋の娘・お七。また火事になれば彼に会えると考え放火し、死罪になったと伝えられている。実話を題材にした井原西鶴の浮世草子『好色五人女』にも収録され、広く知られることとなった。なお「好色」とは今でいうようなエロティックなものというわけではなく「恋愛」程度の意味合いだとか。細かい史実については不明だが、彼女の墓は今も東京都文京区の圓乗寺に残っている。クイズでは火事ではなく殺人に摩り替っていたが、話の流れは似たようなものだ。
まさか子供たちの親や校長や教育委員会の方々が八百屋お七を知らないとは考えられないので、僕と同じように忘れていただけなのだろうか。それにしても子供に教育する立場の親御さんや先生方が誰もそこに気付かなかったというのは、ちょっと信じらないことではある。ニュースの続報によれば「大学時代に聞いたクイズ」とのことで、女性教師は歴史的事件が元になっているとは知らなかったようで、呆れた話である。
なお八百屋お七との関連は定かではないが、警察の犯罪心理分析官が容疑者に性格異常がないかチェックする「サイコパステスト」には、小学校で出されたクイズと全く同じものがあるという話も出ている。「妹を殺す」と答えればサイコパス(性格異常)気味と診断されるそうだが、八百屋お七のエピソードを知っていれば同じように答えるだろうから、信頼できる内容なのかどうかは疑問だ。
さておき子供向けの物語には恐ろしいものが沢山ある。グリム童話の恐ろしさを指摘した桐生操さんの『本当は恐ろしいグリム童話』はベストセラーになったし、日本の童話でも『こぶとり爺さん』『はなさか爺さん』『舌切すずめ』など、誰かが酷い目にあう話は多い。それらは欲張りや悪人は酷い目にあうと戒めるが、童話の中には必ずしも教訓を込めたものばかりではなく、何だかよく判らないが怖いものもある。それは正直者が馬鹿を見る事も少なくない理不尽な世の中の真理を伝えている気がする。
日本史や世界史でも多くの人間が殺し合ってきた歴史を教えるし、事故や殺人による訃報は常に報道されているが、その多くは時間的や地理的に遠い世界の出来事ばかりで、身近なものは少ない。人間より寿命の短いペットを飼っていたり、高齢者と同居していれば、死と接する機会は自ずと増え、大切な存在を失ったことによる悲しみも学ぶことができる。けれど最近は親子だけの核家族やペット不可の住居も多く、身近な死と直面する場面は少なくなってきているようにも感じられる。子供の自殺が増えていることもあり、死の教育の必要性が高まってきているように思えてならない。(工藤伸一)