何も無いところで、いきなり人が倒れ、鋭利な刃物で切ったような傷が付く。しかも、大けがにもかかわらず痛みを感じない…これが俗に言う『カマイタチ』だ。北陸や甲信越地方に伝わる怪異で、つむじ風に乗って現れ、手にした鎌で大きな傷を負わせて去っていくという。有名な鳥山石燕の妖怪画では、風の中を飛び回る、鎌のような手をしたイタチに似た生物の絵が描かれている。カマイタチの姿は伝承によって様々で、岐阜県は飛騨地方のカマイタチは3人組の風神だとされていた。一人目が転ばせ、二人目が斬りつけ、三人目が薬を付けて去るため、傷の大きさにもかかわらず血が出なかったり、痛みを感じないのだという。ちなみに、前述の体験をした女性とは、筆者の母である。しかもこれは別に昔の話でなく、今から数年前のことだ。
このカマイタチであるが、昔は真空状態に触れたために切れたとか、小規模な竜巻に混じった砂れきが原因である等と言われていたが、現在は冬場の乾燥と皮膚が急激に冷やされたために起こる体組織の断裂、つまり「あかぎれ」に近い現象ではないかと言われている。実際、冬場に貧血で倒れた人が床でぶつけた所ーーー顎や肘といった箇所がぱっくりと大きく割れてしまった、という例が報告されている。雪深く、寒さも厳しい北陸や甲信越地方でよく見られる現象だと言うことも、この説を裏付けているようで興味深い。
しかし、中にはこのケースに当てはまらない場合もある。筆者の知人男性の妹が体験した話だが、彼女が小学生の時、遊んでいた友達を追いかけてある木の下を通り過ぎた。その時、枝の先が少し頭に触れ、枝も大きく揺れた気がしたが気にとめなかったという。だが、追いかけてきた彼女を見た友達は、彼女の様子を見て驚いた。なぜなら彼女の顔はいつの間にか半分が血まみれになっていたからだ。
後で調べたところ、彼女の頭に小さな傷が出来ていたことが判った。しかし、その傷が原因だとしても彼女の出血は多すぎたし、また彼女も頭を切ったり、どこかにぶつけたりした覚えはなかった。痛みも無く、出血も友達に言われるまで気づかなかったのだ。
果たして、彼女はどこで怪我を負ったのか。何が原因だったのか。もしかしたら、妖怪『カマイタチ』は本当に存在しているのかもしれない。
(黒松三太夫/山口敏太郎事務所)