『天狗照る』(秋山香乃/祥伝社 1785円)
本間宗久は江戸時代、享保年間(1716〜1735)から享和年間(1801〜1804)にかけて生きた米商人である。将軍でいうと8代吉宗に始まり、家重、家治、そして11代家斉のころだ。大店〈新潟屋〉の五男として出羽国庄内藩酒田、今の山形県酒田市で生まれたが、その土地だけにとどまっていたわけではない。江戸や関西で米の先物相場に挑み、大儲けをした。晩年は幕府の財政指南役を務めている。
本書はそんな宗久の青少年時代から天才相場師として名をとどろかせる直前、つまりは若き日々を描いた時代小説である。伝次、後の宗久は寺小屋に通っている時分から算術に長けていた。早くから商人としての才覚を持っていたのだ。だが16歳になったころは不満が募る毎日だった。父は兄のうち長男を後継ぎ、ほかの三人はそれぞれ分家や医者の道と定めたが、伝次だけ放ったらかしだ。なぜなのか。時期を同じくしてお互いに憎からず想っていたはずの幼なじみ・千沙が酒田に乗り込んできた商売人に金で買われ、大失恋を味わう。伝次は必ず自分も将来成功を収め、千沙を取り戻そうと誓うが…。
作者はデビュー後、新撰組を素材にした作品で注目を集めた。本作でも、剣士とは異なる道ながらエネルギーを放散する若者の姿を瑞々しく描き、読者を全く飽きさせない。ビジネスの世界で本気で戦っている男たちは、ぜひ読むべし。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『食品別糖質量ハンドブック』(監修・江部康二/洋泉社・840円)
穀類や肉、野菜などの食材から、調味料、市販食品、外食、テイクアウト、飲み物類まで、1001食品の糖質・カロリー・塩分・たんぱく質量がひと目でわかる! 糖質制限食に必要な情報も、これ1冊でOK。ダイエットにも必携です。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
秋の行楽シーズンに合わせて旅行関係の本が書店をにぎわせている。そんな中で異彩を放つのが、ある特定の地域をテーマとして定期刊行されている雑誌だ。『EZO』(イーゾと読む/財界さっぽろ/680円)は北海道専門の旅情報を掲載した季刊誌。温泉や食の宝庫がいっぱいの北の大地に特化しており、泊まってみたい宿、食べてみたい食材、飲んでみたい酒がずらりと誌面に並んでいる。
また「名馬物語」と題されたページには、競馬ファンにはなじみ深い競走馬の引退後のノビノビとした暮らしが紹介されている他、犬の夏彦(犬種はフレンチブルドッグ)が北海道のさまざまな場所を旅するというフォトストーリー「夏彦日記」も面白い。愛嬌のあるフレンチブルドッグと自然とが妙にマッチした写真は、実用情報だけを掲載すると読者が飽きるため、マンネリを避けようという配慮があるようだ。
680円という価格もお手頃。今後の刊行に引き続き注目していきたい雑誌だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意