今月8日、北朝鮮では5年に1度の最高人民会議(国会に相当)代議員選挙が行われる。表向き、この“国会議員選挙”を経て「新・金正日体制」が発足する。
専門家は今回の選挙をがぜん注目している。北朝鮮では、後継者は代議員でなければならないと考えられているため、金正日総書記がその座を譲るのであれば後継者が選挙に立候補するはずと読んでいるからだ。
北朝鮮事情に詳しい評論家の河信基氏は、後継者が指名される可能性について「極めて高い。最近、北朝鮮メディアでは3代世襲を匂わせる論調が頻繁に出ている。金総書記が後継者として登場したときと状況が似ている」と話す。
礒崎敦仁・慶応大法学部専任講師(北朝鮮政治)は「2月に入って北朝鮮の労働新聞に妙なフレーズが掲載された」と指摘。それは「自分ができなければ子が行い、子ができなければ孫が行ってでも必ずやこの地に主体の強盛大国を建設する」との文言だったという。礒崎氏は「後継を暗示している」と解説する。
ほかにも北朝鮮では昨秋から今年にかけ、党・軍の高官の人事異動が活発になっている。これも「金総書記が息子を支えてくれるような後見人を充てていると考えられる」(礒崎氏)という。韓国情報機関トップも先ごろ、韓国国会の委員会で「北では親子3代に渡って世襲が可能とみられる」との見方を示した。
では、金総書記の3人の息子、正男氏(ジョンナム=38)、正哲氏(ジョンチョル=28)、正雲氏(ジョンウン=26)のだれが後継者になるのか。
正男氏は2001年、偽造パスポートを使い、「ディズニーランドに行きたかった」と日本に入国したところを退去強制処分になった“いわく付き”の人物。たびたびテレビカメラに姿を押さえられており、「露出しすぎている。神秘主義、権威主義がベースの北朝鮮にあって異質の存在。後継者としての資質がない」(前出・河氏)として後継レースから脱落したと考えられている。
となると、正哲氏か正雲氏のいずれかが後継者になるわけだが、2人の経歴はそっくり。ともに、金総書記と第3夫人・故高英姫氏との間に生まれ、スイスのインターナショナルスクールを出たとされている。
過去には、高英姫夫人の偶像化が図られたことで正哲氏が有力視されたことがあった。しかし韓国の通信社・聯合ニュースは先月、8日の選挙に「正雲氏が候補者登録したことが分かった」と報じた。正雲氏後継の可能性が急浮上しているわけだ。
しかし、そもそも後継に懸念がないわけではない。金正日総書記が先代の金日成氏の後を継いだ際には、約20年の年月をかけるなど周到な準備が図られたが、今回はあまりに時間がかけられていない。
この点について、河氏は「前回の後継は反対する勢力もあり慎重に進められたが、いまでは後継擁立事業はマニュアル化され、それほど時間をかける必要はなくなっている」とする。しかし、正哲氏、正雲氏のどちらを後継者に据えるかの最終段階で「金総書記に迷いがみられる」という。
盛んに動静が伝えられている金総書記は、健康問題をにらみながら決断を迫られているのだろうか。前例にならえば、選挙の約1カ月後に最高人民会議の第1回全体会議が開かれる。会議では通常、国の人事・予算などが決定されるが、単なる承認機関で実質的な権限はないと考えられている。今回、この会議が注目されるのは、ミサイル(北朝鮮は人工衛星と主張)発射準備との兼ね合いだ。ミサイルを会議にあわせて発射することは、国の新たな指導者に対する“祝砲”を意味する。そのため、発射時期は3月末から4月初旬が有力との見方がある。
周辺諸国に与える影響を考えると、後継問題を単なる「お世継ぎ」騒動と片付けることはできない。拉致問題の進展もかかっている。さらにミサイル発射も…。ますます北朝鮮から目が離せなくなってきた。
○「穏健派」の正哲氏、「強硬派」の正雲氏
河信基氏は、正哲氏を「穏健派」、正雲氏を「強硬派」と区別する。
長年、金総書記の料理人を務めた藤本健二氏は、金総書記が正哲氏を「女みたい」と評したと証言している。一方、正雲氏は「顔も性格も父親に似ている」という。
専門家の間では、正式に後継者が公表される時期を、金総書記が70歳になる2012年が有力とみている。