『Team・HK』 (あさのあつこ/徳間書店 1575円)
平凡であること、ささやかであることの美徳を完全否定して生きるのは難しい。どんな人でも24時間、常に派手やかでいられるわけがない。朝起きたら顔を洗う。食事をする。出勤のためには歩かなければならない。便意を催したらトイレに入る。こうした、取り立てて特別とは感じられないことを繰り返しつつ日々を維持しているのである。
本作の主人公・佐伯美菜子は30代後半の現在まで長く専業主婦をしてきた。自分は平凡だ、取り柄のない人間だと自覚している。それについてコンプレックスを抱かないこともないが、荒波を立てない生活が一番、と信じていた。ところがある日、郵便受けに入っていたビラに興味が湧いた。Team・HKという会社の社員募集要項が印刷されている。HKはハウスキーパー、すなわち家政婦の略であり、家事の得意な人材を募っていた。今までは夫と子供のためだけに働いていたが、そこからもう少し広い世界へ参加したくなった。面接を受けに行くと早速仕事を任せられることになり…。
Team・HKは一人を除いて女性ばかりの小さな会社だが、主に住宅の掃除、整理整頓を依頼主のために行う仕事に対してプロとしての誇りを持っている。とかく平凡と捉えられてしまう家事をダイナミックに描く筆致が素晴らしい。引っ込み思案だった主人公が変化していく優れた成長物語でもある。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『始める力』(石田淳/幻冬舎新書・777円)
英会話、資格の勉強、ダイエット、禁煙など、始めたいのにできない人には共通の傾向があった!
行動科学マネジメントの第一人者である著者が、誰がやっても同様の成果を出せる実践的メソッドを紹介。まさに、新年度にピッタリの1冊だ!
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
『男の隠れ家』(朝日新聞出版/680円)は、シニア向けの歴史・文化・カルチャー誌。2008年に一度休刊したものの翌年から復刊、今も根強い読者を持っている。
最新号の特集は「武士道とは何か?」。「死ぬ事と見付けたり」という一説で有名な書物『葉隠』を、“忠孝”“仁義”という視点でわかりやすく解説したり、武士の誕生から理念・作法等の歴史をひもとくなど、力の入った特集となっている。
また、NHK大河ドラマ『八重の桜』の舞台となっている会津の武士道を探訪する記事も掲載し、徳川家への忠心を貫いた幕末の武士たちの生き様を紹介。タイムリーな作りにも興味をそそられる。
表紙は蔵屋敷を背景にした路傍に、散った桜の花びらが積もった写真だ。「散る」という現象に日本人の心象を重ね合わせた、この季節にピッタリの絵だろう。散る花を眺めつつ、日本精神の真髄に思いをはせるのも悪くない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意