「小豆とごうか、人獲って食おうか…」
そんな不気味な歌と同時に、ギショギショザクザクと米、いやもっと大きい粒のもの、例えば小豆などを洗うような音がする。辺りを見渡しても人は居らず、ただ歌声と奇妙な音が聞こえてくるばかり…はたして、この音の正体は?
…という、奇妙な声と音だけの妖怪、それが小豆洗いだ。古くは江戸時代の文献、竹原春泉の記した「絵本百物語-桃山人夜話-」に絵と共に紹介されている。小豆洗いは基本、音だけで姿は見えないのだが先の文献では、むかし越後高沢で寺の小僧が殺され、その霊が小豆洗いになったと記されており、挿絵にも黒いぼろを纏い、ざんばら髪にぎょろりとした目つきの小男のような妖怪が川縁で小豆をといでいる様子が描かれている。
この小豆洗いにまつわる伝説は日本各地に残っており、同じような妖怪であっても小豆とぎ、小豆婆等と名前が変わって伝わっている例もある。しかし名前は変わってもやることはほとんど変わらず、音に惑わされてあちこちうろうろしてしまった結果、道に迷う、川に落ちてしまうなどの悪戯をするのだそうだ。しかし悪戯ですむだけなら良いが、不気味な歌の通りに食べられてしまうケースや川に落ちて溺れ死んでしまう、という話が伝わっている地域もある。
ちなみに埼玉県にはこういった小豆洗いが出没した地域が○○橋のたもと、など割と複数箇所で詳しく伝わって残っている。写真はかつて小豆洗いが出たとされる日高市の出世橋付近のもの。この橋が架かる高麗川流域では他にも多数の目撃情報が寄せられている。
実はこの妖怪、日本だけでなく海外にも存在する。もっとも、海を越えた向こうでは妖精扱いになっているのだが。その妖怪(妖精)の名前はシェリーコート。直訳すると“貝殻上着”とでもなるだろうか。この妖精はスコットランド地方の川に棲むとされ、体に沢山の貝殻をぶら下げているという特異な外見をしている。普段姿を消しているのだが、音は消すことが出来ないようで、動き回るたびに上着の貝殻が擦れ合って非常にやかましい音を立てるのだそうだ。そして、この独特の音や呼びかけで道行く人を惑わせ、川に落としてしまったりするのだという。
貝殻と小豆では音が違うようにも感じるが、何かと何かを摺り合わせるような音、と考えると比較的音は近いと言える。川に現れる点などの共通点も多いので、もしかしたら海を越えて全く同じ妖怪(妖精)が存在していたのかも知れない。
(山口敏太郎事務所)