この構図を強く印象付けたのは、11月20日付一部メディアの報道である。東ガスが東電の牙城切り崩しを狙って社名変更を検討し始めたというのだ。
かねてから東ガスが電力事業への参入に意欲を燃やしてきたことは広く知られていた。しかし社名に「ガス(登記社名では瓦斯)」の文字があったのでは消費者へのインパクトに欠ける。そこで“エネルギー百貨店”としてアピールし、首都圏決戦を優位に運ぶために社名変更を考えているという。
実はこの発言、10月15日に電力小売りへの参入を正式表明した際、広瀬道明社長が記者会見で語っている。だが当時のメディアは報じなかった。広瀬社長は「東ガスの名称は愛用されており、このブランドで電力を販売する」と前置きしながらも「東ガスの社名で電気を販売するのは、よく考えるとおかしい。これでいいのか、社内でいろいろ論議している」と続けた。最近になっての一部報道は、当時の含みある発言を踏まえてのことだ。
「裏を返せば、東ガスは相当な決意で東電と勝負するということ。再来年にはガス小売りの全面自由化が控えており、今度は1100万世帯の顧客を持つ東ガスが攻め込まれる。その前に東電のドル箱市場に風穴を開けなければ“サバイバル競争”に生き残れないとの危機感が背景にあるのです」(経済記者)
東ガスの東電包囲網は着々と進行している。石油元売り最大手のJX日鉱日石エネルギーと共同出資で神奈川県川崎市に火力発電所を新増設する(天然ガス発電は既に稼働)。他にも九州電力や出光興産と共同で千葉県袖ケ浦市に火力発電所を2基建設、昭和シェル石油と共同で横浜市に天然ガス火力発電所も建設する。狙いはズバリ、長期にわたる安定供給の確保である。広瀬社長は「2020年度までにシェア1割の確保」と控えめな目標を掲げるが、新電力関係者はその腹の内を推察する。
「景気の良いアドバルーンをぶち上げれば、手負いの虎(東電)の闘争心に火を付ける。それでなくても電力自由化がボディーブローとなってこたえるのは東電です。当然、巻き返しに秘策を練っている。下手に東電を刺激しない方が得策と考えたに違いありません」
東ガスはもちろんだが、東電は関西電力や中部電力など同業者の東上作戦にも神経をピリピリさせているのは間違いない。だからこそソフトバンクやリクルートホールディングス、USEN、カルチュア・コンビニエンス・クラブ、さらには日本瓦斯、TOKAIなどのLPガス大手と提携した。そのココロは支払った電気代に応じてさまざまな特典が得られるサービスの導入にある。
例えばソフトバンクとは、携帯電話とセットで契約した場合の割引が検討されている。この手法、他の電力会社も取り入れに意欲的で、関西電力がKDDI、中部電力がNTTドコモと交渉している。完全自由化までついに半年を切ったいま、各社が「この指とまれ」とばかり、業種を超えた取り込み工作のラストスパートに奔走しているのだ。東電ウオッチャーが苦笑する。
「東ガスは火力発電所の建設計画を発表したとはいえ、セット販売などの提携先を明かしていない。まだ煮詰まっていないのかもしれませんが、東電の切り崩しが怖いため発表を控えている可能性さえある。原発事故で神通力に陰りが差したとはいえ、東電の政治力を舐めたら手痛いシッペ返しを食う。むしろ、東ガスから提携交渉を打診された会社の腰が引けたとしても、不思議ではないのです」
その東電では東ガスの参入発表に先立つ2カ月前の8月18日、廣瀬直己社長が来年4月1日付で持ち株会社に移行するのに伴うシンボルマーク『挑戦するエナジー』のお披露目会見に臨み、「新スローガンは、明治時代にはベンチャーだった電気事業に果敢に飛び込んだ先達の“挑戦者スピリッツ”を取り戻したいとの思いを込めた」と力説した。その上で小売り事業会社を「東京電力エナジーパートナー」にしたと発表したが、前出ウオッチャーは辛辣だ。
「これに対抗して東ガスが社名の一部をパクったら面白い。東電が騒げば世間の注目を集め、覇権争いへの関心が一気に高まります」
東電と本気で戦う気概がない電力他社を尻目に、東ガスが繰り出す“次の手”が見ものである。