「そもそも今回の鉄鋼・アルミ関税は、トランプ大統領にとっての11月の米中間選挙向け。アメリカは年間3500万トン前後の鉄鋼を輸入しているが、最大の輸入国はカナダや韓国、メキシコで、日本はごくわずか、ほかドイツ、中国も少ない。その少ない国を追加関税の対象にして、カナダ、韓国を対象外にするなど複雑怪奇の動きだ」(鉄鋼業界関係者)
ここで世界の鉄鋼業界の、ここ数年の動向を見ておこう。
「最近は落ち着きを取り戻しましたが、3年前までは大不況でした。原因は、中国経済の大ブレーキ。世界の鉄鋼は2015年に16億トンが生産され、中国は8億トンと言われていた。しかし実際、中国は11億トンを生産し、3億トンも過剰生産という、世界最大で最悪の鉄鋼生産国となっていたのです。これにより内需で消化できず、投げ売り状態となって、世界の鉄鋼価格が大暴落してしまった」(経済誌記者)
当然、日本の鉄鋼業もその煽りを食った。国内最大手の新日鉄住金は、2015年9月中間決算が売上高で対前年比9.8%減の2兆5075億円。2位のJFEスチールも同決算で対前年比7.3%減の1兆7132億円と大ダメージを受けた。
世界中から批判を受けた中国は不良企業を潰し、さらに大手鉄鋼会社同士を合併させることで、2020年を目標に1億5000万トンの粗鋼削減という荒治療策に打って出た。
「それに加え、車やIT関連で世界経済が持ち直し、鉄鋼業も回復基調となった。2017年4月〜9月の決算を見ても明白で、新日鉄住金は売上高が対前年比27%増の2兆7450億円。JFEが同15%増の1兆7253億円、さらに神戸製鋼所も同11.3%増の9070億円に達したのです」(同)
しかし一方で、世界の鉄鋼企業間の競争は激しさを増しているという。
「もはや単に鉄を作るだけでは生き残れない。例えば今、世界の鉄鋼業界は、車のEV化を念頭に、軽くて強く、価格も安いギガスチール競争が起き、日本、中国、韓国企業が激しく競い合っている。また、つなぎ目なしのシームレス鋼管などでも、せめぎ合っています」(業界アナリスト)
そうした流れの中、世界の鉄鋼業は次々と企業買収や合併に走っている。新日鉄住金も、今年中にインド鉄鋼大手のエッサールスチールを、世界トップのアルセロール・ミタル(ルクセンブルク)などと共同買収に動き出している。
新日鉄住金の攻めの姿勢は、来年4月を目途に「日本製鉄」に社名を変更する点にも表れている。
「かつては世界のトップだった新日鉄住金は、ミタルや2位で中国の宝武鋼鉄集団に大差をつけられ3位に甘んじており、4位の河北鋼鉄集団(中国)、5位のポスコ(韓国)も後ろから迫っている。まさに群雄割拠なのです。そんな折、トランプ大統領の横ヤリに各国企業は怒っている」(同)
業界関係者もこう続ける。
「世界の鉄鋼業は技術革新と価格競争で激しいサバイバル戦争を繰り広げてきた。その間、かつて世界をリードした米鉄鋼業は過去の栄光にすがってきた面もあり、置き去り状態でした。それをトランプ頼みで関税や契約の見直しで生き延びようとする。これは明らかにルール違反で、世界経済が没落する引き金になりかねない」
前述の通り、トランプ政権は韓国やカナダなどのアメリカへの鉄鋼大量輸出国を追加関税から外し、その代わりに韓国から米への鉄鋼輸出に制限枠を設けた。
「表向き整理された中国のだぶついた鉄鋼は、実は中韓の貿易ルールで韓国に大量に流れているという情報もある。それが韓国経由でこれまではアメリカに流れていた。そこに輸入制限枠がかけられることにより、韓国に流れた中国の鉄鋼はアジアや世界に流れるのではと囁かれている。こうなると、再び鉄鋼の暴落が起き、日本企業が直撃を受けかねないのです」(同)
トランプ政権が世界のルールを崩壊させ、再び世界鉄鋼不況を招く…。日本企業の不安はそれだけではない。
「日本のアメリカへの鉄鋼輸出量はわずか5%のため、追加関税の影響は少ないという。だが、日本の鉄鋼業界は様々な面でアメリカへの依存が大きい。これを契機に日本外しが活発になることを恐れている」(同)
追加関税により、再び世界鉄鋼暴落に怯えると同時に、アメリカ事業の枠外に置かれる懸念の二重苦に悩まされている日本の鉄鋼業界。負の連鎖はどこに飛び火するのか。