この度、タマ・トンガ選手のSNSでの不適切発言等により、新日本プロレスは事態を重く受け止め、選手本人に対して、しかるべき処置を行う事としました。
また再発防止に向けてあらゆる措置及び防止策を講じていきます。
ファンの皆様におかれましてはご理解のほど宜しくお願い致します。
(新日本プロレス公式ホームページより引用)
SNS“等”と書かれていることから、ファンの間では様々な憶測が流れている。いずれにせよメイ社長が自身のコラムで見解を示した内容を見る限り、コンプライアンス的な観点からタマの何らかの発言を問題視したのは明らか。タマの処分が発表されるのは、参戦している『G1クライマックス28』が終了する12日以降になりそうだ。
5日のエディオンアリーナ大阪大会で、私はタマが何やら観客と揉める場面を目撃した。YOSHI-HASHIと対戦したバッドラック・ファレに加担するためイスを手に乱入したタマは、試合後もYOSHI-HASHIをイスで滅多打ち。これに野次を飛ばした観客にイスを手に詰め寄るとイスをかざして脅したのだ。SNS上では「タマが観客に手を出した」という証言、画像も流れている。その後、タマは追いかけてきたYOSHI-HASHIと再び乱闘を繰り広げたため、現地にいた私はイスをかざした場面しか確認していない。
ファンの反応を見ると、野次を飛ばしたファンも悪いとしながらも、タマの行為を非難する声が多数を占めている。しかし、葛西純をはじめレスラーからは肯定する声もある。昭和からプロレスを見続けている私にとっては、ファンが“平和ボケ”ならぬ“安全ボケ”をしているのではないかと思う。
“超獣”ブルーザー・ブロディの記事を執筆した際にも書いたが、昔のヒールレスラーはみんな本当に怖かった。特に外国人選手はファンに近寄らせないオーラを放っていたし、ブロディがチェーンを振り回せば、スタン・ハンセンは通路をさえぎる観客にブルロープをぶつけながら入場していた。アンドレ・ザ・ジャイアント、アブドーラ・ザ・ブッチャー、タイガー・ジェット・シンは存在そのものが恐怖で、超満員で身動きが取れない中、観客はとにかく逃げ惑ったものだ。これを古舘伊知郎アナウンサーは「動く民族大移動」と実況した。これは古舘語録のひとつとして有名だろう。
私はFMWの川崎球場大会で、ザ・シークに火を投げられたり、ドクター・ルーサーに追いかけられたり、チェンソーを振り回すスーパー・レザーから逃げ惑ったことを思い出す。現在の新日本マットでも飯塚高史の入場シーンでは逃げ回るファンの姿が見られるが、外国人選手となると、水をまき散らしながら入場するランス・アーチャーぐらいか。鈴木軍はポスの鈴木みのるをはじめ、近寄り難いオーラを放つ選手が多い。
仕事柄、いろんな団体の関係者から話を聞く機会があるが、場外乱闘の際、リングアナやセコンドの若手選手が「危ないから開けてください」と言っても、座ったまま動かない観客も多く、事故防止に苦心している団体も少なくない。プロ野球でも観客にファールボールが直撃し、怪我をしている人をよく見るが、警備員に直撃を防げなかった理由を聞くと「最近はスマホを見てたから球に気づかなかったという方が多いですね」と話していた。これも“安全ボケ”が生んだ事故の一例である。
90年代までの新日本では当時の田中秀和リングアナ(現・田中ケロ)が試合前に「汚い野次を飛ばした方は強制的に退場とさせていただきます」と毎大会アナウンスし、フェンスの前には藤田和之を筆頭にコワモテなヤングライオンが、客席ににらみを利かせていたものだ。今の時代ならこれもコンプライアンス的に問題があるのかもしれない。2000年代に入りプロレスの力が弱まると、このルールもアナウンスされなくなっていった。こうした流れもファンの“安全ボケ”化が進んだ理由のひとつではないだろうか。
今のファンはプロレスやレスラーをなめてはいないが、昔に比べるとはるかに近い存在になっているのは事実。それはそれで時代が求めていることだとすれば否定はできないが、プロレスは“怖さ”も醍醐味のひとつ。1大会に1試合ぐらいは観客が逃げ惑う試合があってもいいし、心ない汚い野次が飛んだら選手はにらみを利かせてもいいと思う。
メイ社長はファンに対して「マナーの悪いお客様には対処していく」と約束している。新日本には業界の盟主として今の時代に合った対策と対応を期待したい。
【どら増田のプロレス・格闘技aID vol.19】
写真 / どら増田