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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第32回 「第四の矢」の愚

 5月から6月にかけ、日本の株式市場で株価が乱高下をしている。特に、5月23日の日経平均は、何と一日で1000円を超える暴落を見せた。本稿執筆時点で、日経平均は今年のピークである15000円台を回復できていない。
 最近まで一本調子で上がってきた反動と言えないこともないが、筆者としては期待インフレ率が下がっているのが気になる。安倍晋三政権の政策や要人の発言により、金融市場が「日本はデフレから脱却できない」と考え始めたのではないか。

 我が国のデフレ継続とは、日本円の価値が国内のモノやサービス、そして「外貨」に対しても高まっていくことを意味する。すなわち、期待インフレ率の低下により、市場に円高期待が生まれ、日本円が買い込まれ、実際に円高になり、結果的に株価が下落をしたのではないだろうか。
 特に、甘利明経済再生担当大臣が、5月28日に「財政健全化こそが第四の矢」などと発言したことは問題である。いまだにこの程度の認識しかない政治家が閣僚を務めているのかと、正直、愕然としてしまった。

 本連載で繰り返しているが、財政健全化は経済成長なしでは達成できない。そして、我が国がデフレから脱却しない限り、日本経済が成長路線に戻ることはない。
 さらに、政府が言う「財政健全化」とは、基本的には消費税を中心とする増税路線である。5月27日に公表された財務省の資料には「財政健全化を着実に進めることは、国民の将来不安を軽減し、消費拡大を通じて経済成長を促す」とあるが、嘘っぱちだ。財政健全化、すなわち緊縮財政路線(消費税増税や公共事業削減等)を推進することで、我が国の経済が成長することはない。むしろ、緊縮財政は消費を中心とした国内の需要を冷え込ませ、所得の縮小を招き、税収の減少により財政をさらに悪化させる。

 財務省は本当に困った省庁で、緊縮財政路線を推進するために「国民の将来不安を軽減し」といった抽象的なレトリックを多用する。断言するが、日本国民が消費を増やさないのは、「将来不安」といった定性的な理由からではない。所得が少ないため、あるいは増えていないためだ。要するに「カネがないから、使えない」という話である。そして、日本国民の所得が増加しないのは、もちろんデフレのせいだ。
 「デフレ深刻化で、国民の所得が減り、消費が伸び悩んでいる」
 が正しいのである。そして、デフレ期に財務省お好みの財政健全化、緊縮財政路線を強行すると、我が国のデフレは確実に深刻化する。デフレが深刻化すると、円高になる。円高になれば、日本株は売られる。と、金融市場に「期待させてしまった」がゆえに、株価の乱高下が続いているのではないだろうか。
 さすがに「これはまずい」と思ったのか、安倍首相は6月7日、首相官邸で開かれた日仏首脳会談後、オランド仏大統領と共同の記者会見において、「財政問題はデフレから脱却しない限り解決しない。強い意志を持って、今の政策を前に進めていく」と発言した。

 そもそも、財政健全化路線とは構造改革(規制緩和、民営化、自由貿易)同様に「デフレ促進策」なのだ。すなわち、物価を押し下げる政策なのである。
 もちろん、現在の我が国がインフレ率の高騰で悩んでいるならば、緊縮財政(消費税増税、公共事業削減等)や構造改革(規制緩和、自由貿易等)は正しいソリューション(解決策)になる。緊縮財政は国内の需要(消費、投資)を抑制し、構造改革は供給能力(いわゆる潜在GDP)を高める。結果的に、国民経済のインフレギャップ(=需要−供給能力)が縮小し、物価は抑制される。

 お気づきだろうが、実は「第三の矢」と称される「成長戦略」も、構造改革そのものであり、デフレ促進策なのだ。政府が発表した成長戦略の中身を見ると、規制緩和系の政策がずらりと並んでいる。規制緩和は新規参入を増やし、競争を激化させることで物価を押し下げる。
 先日の規制改革に関する会議において、内閣官房参与の浜田宏一教授は、「3番目の矢の成長戦略、これは生産能力を拡大しようというものだ」と、本質をついた発言をした。まさに、その通り。規制緩和を中心とする第三の矢は、国民経済の供給能力(生産能力)を押し上げ、物価を抑制する政策なのである。

 デフレ脱却のためには、第一の矢(金融政策)と第二の矢(財政政策)のパッケージのみで十分なのだ。
 ところが、安倍政権は総選挙の頃から「デフレ促進策」である「成長戦略」を第三の矢と称し始めた。さらに、強烈なデフレ促進効果がある「財政健全化」を第四の矢と呼ぶ閣僚までもが出てきた以上、期待インフレ率が下がって当たり前である。

 一応、第四の矢について書いておくが、我が国には「財政問題」など存在しない。
 何しろ、デフレ不況深刻化で民間の資金需要が乏しく、政府が国債をバンバン発行しても、長期金利が上昇しないという異様な状況が続いているのだ。
 しかも、我が国の政府の債務は100%が日本円建てだ。「子会社」である日本銀行に国債を買い取らせれば、返済負担や利払い負担が消滅する政府の負債を殊更にクローズアップする財務省は、やはり「単に増税をしたいだけ」としか思えない。
 無論、インフレ期に日銀が国債買取を増やすと、物価が国民生活を痛めつけるほどに上昇してしまう。とはいえ、現在の日本はデフレだ。
 結局のところ、昨今の株価の乱高下は、「市場の神様」が安倍政権に対し、「デフレ対策のみを実施し、デフレ促進策は止めるべき」と、警告を与えているように思えるわけだ。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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