プロレスにおける見世場の一つに“流血”がある。ガッチリと関節技がきまっても、モニターのない会場では観客に分かりづらいが、流血であればその痛みとダメージが客席の最後列にまでしっかりと伝わる。
「それでいて、意外とやられた側のダメージは大きくなかったりもする。一度、取材中に乱闘に巻き込まれて額を切ったことがあるけれど、あるレスラーに『ゆで卵の殻と白身の間の薄皮を貼れば大丈夫』と教えられて、その通りにしたら薄皮がチュルチュルッと縮んでピタッと血が止まった。それで病院にも行かず、翌日も普通に取材ができました」(スポーツ紙記者)
つまりレスラーにとっての流血は、アピールする力に優れ、それでいて肉体的ダメージの少ない優れた演出と言えよう。
「嘘か誠か、アブドーラ・ザ・ブッチャーは超高血圧だから、流血した方が動きがよくなる、なんて話もありました」(同)
だが、そんな流血マッチも近年は減少傾向にある。これには、まずWWEの影響が考えられよう。
「エンターテインメントを標榜するようになってからのWWEは、青少年への悪影響を考慮して演出としての流血を禁止にしている。2015年のレッスルマニア31でブロック・レスナーvsジ・アンダーテイカーが大流血戦となった際にも、直後に“刃物で額をカットした演出上の流血”であることを否定するコメントを発表し、両選手には罰金が科せられたとの話もあります」(同)
コンプライアンスや企業倫理をうるさく言われる昨今においては、仕方のない処置ともいえよう。もっともメジャー団体のそうした方針の裏で、ド派手な流血を売りにして、コアなファンの人気を集めるインディー団体もあるわけだが…。
加えて、血液を媒介とするウイルス性の感染症、AIDS(エイズ)や肝炎などの危険性が問題視されるようになったことも、流血戦が減少した理由と考えられる。過去には試合中の怪我を原因とする敗血症で、キング・イヤウケアが下半身麻痺になっている。
「ジャンボ鶴田の肝炎と流血との関連は不明ですが、これが発覚した'85年あたりから、全日本プロレスでは流血試合が激減しています」(プロレスライター)
さらに、流血戦では想定外の“事故”の恐れもある。
「長州力がアントニオ猪木との試合中に、なぜか手首から多量の出血をしたことがあり、あれは手首に巻いたバンテージに額をカットするためのカミソリを仕込んでいて、それが試合中にズレて切れてしまったものといわれています。ブルーザー・ブロディが猪木との初対決において、自分で足をカットする姿がテレビカメラに映り込み、八百長疑惑が持ち上がったこともありました」(同)
もちろん流血戦の名勝負も数多くあり、今となっては懐かしく思うファンも多いだろう。それらの中から今回取り上げるのは、最狂流血戦となった'93年のグレート・ムタvsザ・グレート・カブキだ。
アメリカマットでトップヒールとして名を馳せたカブキと、その息子という触れ込みで売り出したムタのいわゆる“親子対決”で、最初の顔合わせは5月のWAR大阪府立体育館大会。
「初対決の話題性からダブルメインイベントとはされたものの、当時、絶頂期にあったムタとロートルのカブキでは役者が違い、試合内容への期待はさほど高くなかった。実際の試合も、結果だけ見れば、ムタがレフェリーに暴行を加えての反則負けだが、ある衝撃場面のおかげで今も語り草となっています」(同)
ムタの攻撃で額を割られたカブキは、よほど傷が深かったのか“ピュッピュッ”と勢いよく血を噴出させると、その血を倒れたムタの体の上からかけた。まるでスプラッター映画さながらの攻撃を披露したのだ。
「事前の仕込みか、偶然の事故を利用したのかは分かりませんが、試合後のムタはそれがよほど嫌だったのでしょう。思わず“日本語がしゃべれない”との設定を忘れて『パパはもう時代遅れだ』との捨てゼリフを残しています」(同)
その評判から6月の新日武道館大会で再戦が組まれると、ここでもカブキは額に力を込めて血を噴き出してみせた。このときは、前回のように体の上からでなく、背中に向けて血をかけたのはムタ側の要望か。
しかし、それでもあまりに不穏当ということで、テレビでは〈これ以上放送できません〉とテロップの入った編集映像が流されるにとどまったのだった。
レスラーの格ではすでに追い抜かれた“息子”に対し、勝敗を度外視して観客に絶大なるインパクトを残したカブキ。昭和レスラーの意地を見せた一戦だった。