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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第114回 「インフレ率」について正しく知ろう

 日本銀行が「インフレ目標2%」の達成について、日に日に主張を後退させている。
 1月21日に公表された日銀の展望レポート中間評価では、2015年度の消費者物価指数上昇率を1.0%とした。'14年10月の見通しでは1.7%だったため、大幅な下方修正である。
 日本銀行は、黒田東彦日銀発足後「2年('15年4月まで)でインフレ目標達成」どころか、'15年中の2%達成も不可能と認めたに等しい。

 事実上の、日銀の敗北宣言だ。岩田規久男副総裁らに主導された、
 「日本銀行が2年間で2%のインフレ目標の達成をコミットメント(責任を伴う約束)し、量的緩和を実施することでデフレ脱却を実現する」
 という、黒田日銀の基本路線は失敗に終わった。

 何しろ、岩田副総裁の主張は「中央銀行のコミットメント」に重きを置いている。ボーダーラインが次々に引き下げられるのでは、もはや「コミットメント」でも何でもない。
 なぜ、日本銀行の「コミットメント」戦略は失敗したのか。理由は明らかだ。
 岩田副総裁を始め、「中央銀行のコミットメント」をやたら重視する人々は、インフレ率について正しく理解していない。
 もちろん、表面上は理解しているのだろうが、「真の意味のインフレ率」についてはわかっていないとしか思えないのだ。

 黒田日銀は、'13年3月末時点では146兆円だったマネタリーベース(日本銀行が発行した現金紙幣と日銀当座預金残高の合計)を、'15年1月末には278兆円にまで拡大した。2年弱で、何と130兆円強の「新たな日本円」を発行したわけである。
 それにもかかわらず、我が国の消費者物価指数は、コアコアCPI(食料・エネルギーを除く消費者物価指数)で見ると、直近で対前年比0.1%の上昇に過ぎない。

 なぜなのか。
 インフレ率を理解していないといえば、日銀が国債を買い取ると聞くと、途端に、
 「そんなことをするとハイパーインフレーションになる!」
 と主張する人がいる。
 ちなみに、ハイパーインフレーションの定義は年のインフレ率1万3000%だ。
 そもそも、ハイパーインフレと口にする人は、定義を知っているのか? という疑問はさておき、「インフレ率」とは何か、是非とも真剣に考えて欲しいのだ。

 インフレ率とは、社会に出回ったお金の量の変動率ではない。
 「国民が働き、モノやサービスという付加価値を生み出した、その価格の変動」
 が、インフレ率になる。
 すなわち、国民が働いて生み出した付加価値ではない商品(土地、株式、為替、国債など)の値段が変動しようとも、インフレ率には直接的には何の影響も与えない。
 「いや、日銀が国債を買い取り、マネタリーベースを拡大すれば、日本はハイパーインフレーションになるはずだ!」
 などと思われた人は、日銀が2年弱で130兆円強の日本円を発行したのに、コアコアCPI上昇率がわずか0.1%という現実を、どのように説明するのか。

 また、最近までのスイスは、対ユーロで「1ユーロ=1.2スイス・フラン」を維持するために為替介入を実施し、しかも、
 「スイス国立銀行(中央銀行)がスイス・フランを発行し、ユーロを購入する為替介入を実施し、発行したスイス・フランをそのまま放置する」
 といういわゆる非不胎化介入(為替介入の手法の一つ。自国通貨の放出、または吸収による通貨流通量の増加または減少を容認しつつ行う介入)を継続していた。
 結果的に、スイスのマネタリーベースは何と「5倍強」に拡大したわけだが、同国の物価上昇率は、直近('14年11月)のデータで「ゼロ」である。

 何しろ、中央銀行がそれまでの「5倍」のお金を発行したわけだ。インフレ率は1万3000%とまではいかずとも、2桁、3桁に達していないとおかしい、とインフレ率について「正しく理解していない」人は思うのではないか。
 落ち着いて、考えてみて欲しい。インフレ率とは、「モノやサービスという付加価値の価格」の変動率なのだ。
 中央銀行がどれだけ国債を買い取り(スイス国立銀行はユーロを買っていたわけだが)、マネタリーベースを拡大したところで、その時点では物価に何の影響も与えない。

 例えば日本政府が、日銀により発行されたお金(例えば年に70兆円)を全て「モノやサービスの購入」として使えば、インフレ率は間違いなく上昇する。
 さすがに70兆円も「政府のモノやサービスの購入(=需要)」が増えれば、日本経済はデフレギャップ(供給能力>需要)からインフレギャップ(需要>供給能力)に移行し、
 「モノやサービスの需要に対し、生産が追い付かない。結果、物価が上がる」
 という局面に入るだろう。
 とはいえ、中央銀行が国債を買い取り、マネタリーベース、マネーストック(世の中に出回っているお金の総量)が拡大したとしても、お金が「モノやサービスの購入」に回らず、ひたすら株式市場、為替市場、土地取引、先物取引に投じられてしまうと、インフレ率はほとんど影響を受けないのだ。

 とにかく、株式も為替も土地も先物も、国民が労働することで生産した付加価値(モノ・サービス)には該当しない。
 無論、株価上昇や土地上昇が資産効果を発揮し、モノやサービスが買われた結果、インフレ率が上昇するという「間接効果」はあり得る。とはいえ、資産効果ならぬ「間接効果」がいくらなのか、この世の誰にもわからない。
 いずれにせよ、中央銀行がお金を発行したとしても、モノやサービスが購入され、総需要が供給能力を上回るインフレギャップ状態にならない限り、継続的なインフレにはなりようがないのだ。
 また、インフレになったとしても、1万3000%というハイパーインフレーションの定義を達成するためには、いったいどこまでインフレギャップを拡大すればいいのだろうか。

 現在の日本銀行の首脳陣は、「ハイパーインフレ論者」同様に、
 「インフレ率はお金の量で決まる」
 と、間違った理解をしているとしか思えない。最終的なインフレ率はお金の量ではなく、「インフレギャップの規模」で決まる。
 お金など、単なる物差しに過ぎないという事実を日銀や政府が理解しない限り、我が国がデフレから脱却する日は訪れないだろう。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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