キャバ嬢は、帰りの足がない場合、営業前に送りを頼むことがある。専属のドライバーが数名いて、帰る方向別に割り振る。距離にかかわらず、一律500円を店に支払う。
薫は店にいる子の中で、店から一番遠いところに住んでるので、送られる順番は最後になる。ドライバーはそのつど誰がどこのコースを運転するか、その日の状況で変わってくる。薫のいるコースは最近入ったフリーター、かずの運転で固定された。
手前の子が降りて、車内のキャバ嬢は薫一人になった。
「さぁーて、ようやくお前か。じゃぁ俺の仕事も終わりだな」
今いる地点から薫の家までまだ当分かかる。
「ほんとに置いていくんだ? ここに」
「当然っ」
といって、最寄りの路線の駅前で車を停めると、かずは追い出すように薫を車から降ろし、明らかにスピード違反でその場を去った。
何故かずはきちんと家まで送り届けないのか。かずは薫の叔母の息子。つまり従兄弟。二人が店で遭遇したのはたまたまであった。面倒なことに、薫の母とかずの母は仲がよくないので、かずも薫にいい感情を持っていない。キャバをやってることは当然薫の母にも秘密なので、かずは薫の泣き所をつかだというわけである。立派な脅迫。
「うちのお袋と、伯母さん双方に話したら、おもしれーだろーなー」
「口止め料が欲しいわけ?」
「俺そんなあくどくないぜ。お前んち帰るコースにあたったとき、お前が一番最後だろ? 手前の子が降りたらそこで降りてもらって、帰らしてもらうと助かるのよ。一時間は早く家帰れるからさ。金より、早く帰って寝たいのよ」
「始発を待てっていうの? キャバ嬢送り届けずに店からバイト代せしめるつもり? わたしに何かあったら責任とれるの?」
「稼いでんだから、タクシーくらい拾えば? その立派な脚で線路沿い歩けば、始発待たんでも家に帰れるだろ」
この位置からタクシーで帰っても深夜料金も加算すると、その日働いた意味がなくなる。
「お店に言えば、あんたがクビだよ」
「どうだか?」
薫がこのことを母たちにばれては困る以上、かずは絶対に薫が店に密告することはないと確信しているのだった。店側もドライバーの数が不足しているので、仮にこの事実を知っても、都合よくシフトに入ってくれるかずをクビにするかどうか。
使用する路線の電車がなくなるまで働かなければ問題ないのだが、どうしても大事な客がいて、来店するのが毎回間違いなく24時過ぎ。太客の一人なので、他の子にとられたくないという気持ちが優先する。
こんなこと誰に相談したらいいの…。そして薫は、深夜二時過ぎコンビニのトイレでボーイッシュな服装に着替えると、線路沿いを苦い顔をしながらひたすら歩き続けた。
せっかく居心地の良かったお店だけど、やめることを真剣に考えた。新しいお店まで突き止められたらどうしよう…。と、薫は今後の心配をするのだった。
文・二ノ宮さな…OL、キャバクラ嬢を経てライターに。広報誌からBL同人誌など幅広いジャンルを手がける。風水、タロット、ダウジングのプロフェッショナルでもある。ツイッターは@llsanachanll