と顔は浮かぶのに名前が思い出せない。さらには朝、持ち物を忘れて出掛けたのに慌てて戻った、会話中に単語が出てこない…。そんな“物忘れ”を誰しも経験したことがあるはずだ。
医学的には物忘れの主症状を「健忘症」と表現しているが、中高年以降に増えているといわれる。しかし最近は20〜30代の若年層にも広がり“若年性健忘症”と呼ばている。スマホやパソコン、携帯電話の普及で頭を使わなくなったからだ。
「人任せ」「機械任せ」の傾向が顕著となり、自らの脳の働きを衰退させる現代の生活環境が影響していると専門家は見ている。
健忘症は“健やかな物忘れ”と優しい言い方もあるようだが、「頭を使って脳に刺激を与える。つまり“考える”ことで思考力が増し、物忘れの改善に役立つ」と説明する心理コーディネーターもいる。
“物忘れ”は、人にとって屈辱的なものだ。しかし「齢だから」と加齢のせいにして諦めてはいないだろうか。そこで、今からでも間に合う“物忘れの克服法”に挑戦してみよう。
そもそも「健忘症」とは、「言語で表現できる種類のものが障害され、物忘れの状態になること」である。誰にでもある症状と言えばそれまでだが、確かに思い起こしてみれば、他人には言えない“忘れごと”は二つや三つどころではない方もいるだろう。
都内で内科・神経科のクリニックを営む井上哲也院長はこう解説する。
「物を忘れるパターンは二つほどある。一つは、頭に入らない状態で聞いている時。たとえば、テレビのニュースやスポーツ中継を見ていたり、読書をしている時です。ほとんど聞いていない状態で、適当に返事をしているので、当てにならない。その場で何となく会話が成り立っていたとしても、真剣に話を聞いていないので、記憶に残っていないことが多く、返事をした、しないでもめる要因になる。そんな経験はありませんか? 二つ目は、自分に興味がない情報だった時。同じ情報でも自分にとって重みがない時は受け取らず、脳は軽い設定として後回しにしてしまうところがある。ちょっとしたきっかけ程度では、何をどう話したか思い出せない、忘れてしまっている状態になります」
脳というのは、聞き慣れない言葉や難解な内容など、情報量が多ければ多いほど正確に記憶出来ないのが普通といわれ、年齢を重ねるほど記憶力が減少していく傾向だといわれる。
しかし、記憶力が薄れ物忘れという症状が頻繁に起こるとなると、立派な病気だ。医学的にも、記憶が抜け落ちている状態の時間的な関係や内容によって次のように分類される。
(1)「前向性健忘」=ある日突然、記憶障害が生じる。発作中は新たな記憶の形成ができない。物事を憶えられなくなる。
(2)「逆行性健忘」=発症前の数日から数週、場合によっては数年の記憶が消えてしまう事がある。記憶を呼び起こす想起の質的障害になること。
(3)「一過性全健忘」=一時的な記憶障害が起きる病気で、中高年者に多く見られる。通常24時間以内に回復するが、発作は突然に起き、発作中は新たな記憶の形成が全くできない。原因はまだ不明。予後の経過は良好で、再発率は25%、3回以上の発作の頻度は3%以下。
(4)「部分健忘」=発作期間内の記憶のうち、思い出せるものと思い出せないものが混在した状態。
以上、四つの症例を紹介したが、このうちの「一過性全健忘」症は、中高年以降に発症しやすい病気といわれる。もう少し説明を加えよう。