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志村けんさん、『いいとも!』への出演を拒否? タモリとの不仲説の真相<共演NG?【犬猿の仲】の有名人>

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志村けんさん

 タレントのタモリが、28日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演。タモリは1977年8月、MC・黒柳徹子のリクエストによりまだ無名ながらも同番組に初出演した。そこから2013年まで、1年を締めくくる最後のゲストとして毎年登場している。今回の出演は8年ぶりとなった。番組では当時の貴重な写真や、音声テープで初出演時のトークを公開。さらに、私生活にも話題が及んだ。

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 タモリは、長きにわたって国民的な人気を誇る屈指の名司会者として知られる。これまで、数多くの冠番組を持つかたわら、お笑い界の先駆者としてタレントのビートたけし、明石家さんまらと“お笑いBIG3”の一角を担う。そのなかでも、「共演NGが少ない」と言われるタモリだが、故・志村けんさんとの不仲は業界でも有名だったという。

 デビュー年の近い両者はかつて、共演を重ねていたが“大物”となってからは、共演の機会がほとんど見られず、不仲説が浮上していた。そんな最中の1992年2月、タモリの冠番組『笑っていいとも!』の「テレホンショッキング」での一幕が不仲説に拍車をかけた。

 同コーナーには、タレント・桑野信義が出演。桑野は次の日のお友達として志村さんを紹介し、電話をかけた。タモリは、いつものように「明日なんですけど、大丈夫でしょうか?」と志村さんに尋ねたが、「明日ゴルフなので」と出演を拒否したのだ。これにタモリは、「出るわけにいかないですか?」と説得するも、志村さんは「明日は天気がいいもので…」と半笑いしながら、かたくなに拒んだ。桑野はやむを得ず電話を切ると、タモリは「ちゃんと出る人を」と桑野にクレームを入れ、仕切り直しに桑野はタレント・モト冬樹を紹介。モトの出演快諾でその場は一件落着となった。

 「タモリは、深夜放送が華やかだった1970年代後半に、ラジオ『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)の毒舌パーソナリティーとして、当時の若者からカルト的な人気を博していました。一方の志村さんは、1974年にドリフターズのメンバーとなり、『8時だョ!全員集合』(TBS系)に出演すると“東村山音頭”で大ブレーク。以降は、お笑い界の風雲児として芸能界の頂点に上り詰めました。両者は同世代だけに、プライドがぶつかることもあったのかもしれませんが、志村さんが出演を拒否した真意は不明です」(芸能ライター)

 さらにこの後、時期こそ不明だが、『たかじんONE MAN』(MBS)に出演した志村さんが番組内で、「あの人(タモリ)の笑いはあまり好きじゃない」と毛嫌いするような発言があった。

 とはいえ、志村さんはこの後、『いいとも!』に3回出演している。

 「1回目は2000年10月、2回目は2007年7月、そして2013年11月の3回です。3回目の出演では、登場時に志村さんが自身のギャグ『アイーン』とキメると、タモリもすかさず『アイーン』と返し終始、明るい雰囲気を醸し『志村けんのバカ殿様』(フジテレビ系)の裏話などで番組を盛り上げました。さらに、志村さんは2014年3月で番組が終了する経緯についてもタモリに質問。互いに長寿番組を抱える“ライバル”同士でしたが、実のところ両者はリスペクトし合う仲だったのでしょう」(前出・同)

 2020年3月、志村さんはこの世を去った。各界から追悼のメッセージが続々と上がるなか、タモリのコメントは確認できていない。その理由は知る由もないが、深い悲しみに暮れたことは想像に難くない。

 サングラスをかけたタモリがお昼の代名詞となったのは、昼休みになるとどこかで同番組を目にする時代だったからかもしれない。今後、またチャンネルをジャックする日が来るのだろうか。

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