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中居に野球愛を植え付けた2人の男 ジャニー喜多川さんの意外な過去

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画像はイメージです

 今月いっぱいでジャニーズ事務所を退所する中居正広。独立後の個人事務所「のんびりな会」を登記したのは、2月19日だ。15年にガンでこの世を去った最愛の父・正志さんの命日に当たる。家族思いで知られる中居だが、父は別格。大好きな野球と出会わせてくれた張本人だからだ。

 「幼いころから大のジャイアンツファンだった中居さんは、小学生のときに草野球を始めました。神奈川県内で引っ越した後も、自転車で30~40分かけて練習に通った結果、キャプテンになれたほどです。きっかけは、正志さん。物心がついたときから、正志さんが観ていた野球中継を一緒になって観ているうちに、虜(とりこ)に……。毎朝6時に起床して、朝のニュースを見て、素振りして、朝食を食べて、また素振りという日々を送るようになりました。そのフォームを見た正志さんが、『うん。今の球はいい』と言ってから出勤するのが、日課になっていました」(女性週刊誌の芸能記者)

 小学校から帰宅後、18時からナイターをラジオで聴き、19時からテレビ中継で観戦。21時から再びラジオを聴いて、その後は素振り。小学生のころは、そんな毎日だった。将来は、大好きなジャイアンツの選手になることが夢だったが、小学5年生のときにヒジを負傷。家庭には、手術を受ける金銭的余裕がなかったため、野球の道を断念した。

 14歳でジャニーズアイドルになったが、この“就職先”も野球と妙縁があった。
 「ジャニー喜多川さん(故人)も野球好きだったんです。そもそも、ジャニーさんのお父さんである喜多川諦道(たいどう)さんは若かりしころ、プロ野球球団“ゴールドスター”(ロッテの前身)のマネジャーを務めていたそうです。息子のジャニーさんは、1950年代後半から米大使館軍事顧問団に勤務しており、このときに住んでいた東京・代々木の進駐軍宿舎で、付近の少年たちと野球チーム“ジャニーズ”を結成。ある雨の日、野球の練習ができなくなり、少年たちとミュージカル映画『ウエスト・サイド物語』を観て衝撃を受け、野球チームのメンバーを選出して、男性アイドルグループ“初代ジャニーズ”を結成したのです」(先の芸能記者)

 中居もジャニーさんも、野球のDNAを父親から伝承。ここでもしっかりつながっていた。父もジャニーさんもすでに他界。天国で野球トークを交わしているかもしれない。
(伊藤由華)

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