「早く死にたい」。昨年9月に放送されたNHKスペシャル『老人漂流社会“老後破産”の現実』は衝撃的だった。生活保護の基準以下の年金収入で暮らしている独居老人が日本に300万人も存在し、そのうち生活保護を受けている人は70万人程度にすぎず、残りの200万人強は貯蓄もなく、身寄りもないギリギリの生活を強いられているという。こうした老人は、いつしか「下流老人」と呼ばれるようになった。
実のところ日本の高齢者貧困率は高い。厚生労働省の『国民生活基礎調査』(2012年)によれば、同省が設定した貧困ラインは年収手取り122万円だが、現に約5人に1人がこのライン以下の水準で生活している。その理由は大きく2つ。保険料未納付による無年金、そして厚生年金や共済年金といった「公的年金の二階部分」を受給できない国民年金のみの受給者だ。
OECD(経済協力開発機構)加盟34カ国を調査したデータ('10年時点)では、日本の65歳以上の高齢者の貧困率は19.4%。これは米国とほぼ同じレベルだが、イタリア11%、ドイツ10.5%と比べるとほぼ倍だ。英国やスウェーデン、カナダなどは10%を切っており、これら諸国には下流老人は極めて少ない。
「昨年9月時点における日本の80歳以上の高齢者は964万人と前年から35万人ほど増加し、そのうち90歳以上は172万人と前年比11万人も増えています。本来なら喜ぶべき長寿社会なのに、一方で生活保護受給世帯が今年6月時点で162万5941世帯と、統計を取り始めた1951年以来最多を更新しました。そのうちの約半数の79万世帯が高齢者世帯なのです。これらの世帯は、この1年で4万世帯も増加しており、下流老人はますます増える傾向にあるといえるのです」(生活困窮者支援NPO)
今年6月30日、走行中の東海道新幹線の車内で、都内在住の71歳の男がガソリンに火を付け焼身自殺した。逃げ遅れた女性1人が死亡し、28人が重軽傷を負う大惨事となったが、自殺の動機に注目が集まった。
犯行前に男は「こんな額の年金で、どうやって生活すればいいのか。35年も掛けたのにひどい」と年金受給額への憤りを知人らにぶつけていた。自殺前、生活保護申請の手続きを知り合いの区議に相談していたようだが、結局受けていない。
「年金を払えるのに払っていない、ある意味自業自得の生活困窮者もいる。それに比べればこの男は、働いてちゃんと年金を払ってきた人です。このような人を救えない日本の社会保障制度には、やはりどこか欠陥があるのでしょう」(社会派ジャーナリスト)
男は国民年金よりはマシな額を受給していたようだ。それでも擁護するわけではないが、こう言いたかったのではないか。《なぜ年金だけで生活できないのか、なぜ屈辱感を伴う生活保護を申請しなければならないのか…》と。
この心情は、この世代特有のスティグマ感(恥辱感心理)なのだろう。