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【不朽の名作】映画が娯楽の王様だった時代を描いた『キネマの天地』しかしチラつく寅さんの影が…

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パッケージ画像です。

 今回は映画撮影所で働く映画人達を題材とした、1986年公開の『キネマの天地』を紹介する。

 同作は、角川春樹事務所が『蒲田行進曲』を撮ったことをきっかけに、松竹が企画し生まれた作品と言われている。ちなみに『蒲田行進曲』も配給は『キネマの天地』と同じく松竹で、これまた同じく映画撮影所で働く人々にスポットを当てた作品なのだが、東映出身の深作欣二が監督だったという経緯がある。

 そもそも『蒲田行進曲』は過去にあった松竹映画撮影所「蒲田撮影所」の所歌にちなんだタイトルなのだが、同作では、どうみても東映の太秦撮影所が舞台になっており、それを残念に思った当時のプロデューサーが、本当に松竹の撮影所を舞台にした作品を撮りたいという思いがあったとか。メガホンを取ったのは山田洋次監督。同監督作品で、当時既に人気シリーズで年2回製作されていた、渥美清主演の男はつらいよシリーズを休んでの製作だった。

 舞台となるのは、無声映画がトーキー映画に変わる過渡期である1934年(昭和9年)頃の松竹蒲田撮影所。主演である田中小春(有森也実)や監督志望の若者・島田健二郎(中井貴一)を中心として、実名での役柄ではないものの、城戸四郎所長の他、斎藤寅次郎、島津保次郎、小津安二郎、清水宏ら有名監督をモデルとした人物たちの、若き日が描かれる。

 女優と俳優の違いはあるが最初のスタートが大部屋役者であることは『蒲田行進曲』と似ている。が、同作では大部屋のまま終わらず、後半で小春が主演女優に昇格し、スターになるまでを描く。トーキー黎明期を舞台にしているだけあり、当時の風景や人々の会話の再現はかなり興味深い。「トーキーだから声もよくなくちゃ」と小倉金之助監督(すまけい)が田中をスカウトするシーンや、本編のBGM用に撮影と同時進行で演奏で生音を入れていた様子。手回し式のフィルムカメラの音など、当時の雰囲気がよく出ている。

 セットなどもこだわっており、当時娯楽の王様だった映画(キネマ)がどういった扱われ方をしていたのかがよく出ている。この辺りは山田監督ならではだろう。冒頭で丁稚奉公の子供が握り締めすぎて湿った硬貨を見せて、なけなしの金を払って観に来る子もいるから、あまり子供の楽しめない芸術作品すぎるのは作らないでくれと小倉金之助監督に訴える帝国館支配人(人見明)や、国威高揚映画で、もっと軍歌を入れろと政府に言われたことを愚痴る城田所長(松本幸四郎)など、当時を感じさせる細かいやり取りがたまらない。

 しかし、着地点が違うのはわかっているが、同じ映画という製作現場を舞台としたお仕事モノ作品として『蒲田行進曲』とどうしても比べてしまう。蒲田はとにかく乱闘シーンやらオーバーなやり取りなどで、主役のアクが強く印象に残るのだが、同作はというと困ったことに主役の印象が薄いのだ。これは、脇役の印象がとにかく強烈なことに引っ張られているのが原因だ。

 特に強烈なのが、小春の父親・田中喜八役の渥美と、なにかと田中家に世話をしている近所の奥さん・ゆきを演じる倍賞千恵子だ。何気ない会話でもちょっと面白い、凄まじくテンポの良い手馴れたやりとり。一応ゆきは他人なので、時々喜八はかしこまった態度をとるが、ノリは「ここはとらやか!」とツッコミを入れたくなるほどで、男はつらいよシリーズの寅次郎とさくらのそれだ。ちなみに他にも、前田吟、笹野高史、吉岡秀隆など同シリーズお馴染みの顔も出演しており、時々やりとりが完全に、男はつらいよになってしまっている。

 男はつらいよを休んだ影響なのだろう、意図的に人物の配置を同シリーズに近くした感もある。当時の人気を考えればこれは仕方ないのかもしれないが、現在、そのノリを関係なしに観るとこの部分はかなり引っかかる。前記したように小春の存在感が薄いのは、蒲田撮影所の面々のキャラ的な強さも影響している。監督として出演している俳優陣も、堺正章、柄本明、岸部一徳など、これまた強烈な個性を放つ。しかしそれだけならば映画人の群像劇として観れたものを、他作品の人物配置ほぼそのままに、多数の役者が登場しているため、主役の印象をさらに薄くしてしまっているのだ。これでタコ社長(太宰久雄)まで出演していたら、おそらく男はつらいよキャストに作品乗っ取られるレベルになっていただろう。

 一応、喜八が小春の出生の秘密を語る場面や、小春の主演映画「浮草」を劇場に観にいった喜八のシーンなどは寅さんノリではなく、いたって真面目だ。いや、寅さんも真面目な時はあるけど…。でもこのシーンも、小春からの視点があまりなく、どこか物足りない。あと、その出生の秘密のオチだが、『蒲田行進曲』で似たような設定があったので、それも引っかかる。

 しかし、それでも観ていて良い作品だなと思わせてしまうのが、この作品のずるい点だ。役者が山田監督に関わりのあるベテランばかりなので、決めるところはちゃんと決めてくる。渥美のセリフ回しだけでもかなり楽しめる。ちなみに同作の舞台は満州事変後で、本来なら、後の暗い歴史の部分を暗示させる部分ではあるのだが、それを笑いに変えてしまうシーンなどもある。個人的には、健二郎が思想犯として逃亡していた大学生時代の先輩である小田切(平田満)をかくまったせいで、特高警察に部屋へ押し入られたシーンで、健二郎の本棚を見て特高警察が「こいつマルクス読んでやがる」とコメディー俳優・マルクス兄弟の写真集を確認して憤っていたのがかなりツボに入った。

(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)

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