ビール業界の合従連衡が囁かれる中、サントリーHDとアサヒビールが法廷バトルに突入したことに、市場関係者はそんな感想を口にする。
縮小する国内ビール市場とは対照的にノンアルコールビールは女性層や若者などに人気が高く、今や各社は将来のドル箱市場と位置付けている。そんな中、ノンアルコールビールではシェア1位のサントリーが、同2位のアサヒ『ドライゼロ』に自社の特許を侵害されたとして東京地裁に製造・販売を差し止める訴訟を起こしたのである。
訴状などによると、サントリーは糖質やエキス分などを一定の範囲にしたノンアルコールビールを開発、特許権を出願して一昨年10月に取得した。ところがサントリーの分析では、アサヒが同年9月から販売したドライゼロはエキス分の量などが特許の範囲内だったとしている。両社の話し合いは決裂し、今年の1月にサントリーが提訴した。
第1回口頭弁論が開かれた3月10日、アサヒは「既存商品から容易に発明できる。従ってサントリーの特許は無効」として請求棄却を求め、徹底的に争う姿勢を示した。裁判は長期化が予想される上、どちらが勝訴するにせよシェア争いを大きく左右する。双方が一歩も引かないガチンコ対決とあって、前出の市場関係者は「ビール業界の命運を懸けた“関ヶ原”になる」と、早くも熱い視線を送る。
その背景にあるのは、ここへ来て密かに囁かれているサントリーとキリンHDの統合情報だ。ご承知のように両社は2009年夏、経営トップによる統合交渉が表面化したが、翌年2月にあっけなく破談した経緯がある。
「最大の理由は統合比率です。サントリーが限りない対等合併を主張していたのに対し、食品業界トップを自負するキリンは1対0.5、最大でも1対0.8ぐらいの比率を提示した。サントリーが非上場ということもありますが、これに当時の佐治信忠社長が『ウチをナメている』と激怒したのは有名な話です」(経済記者)
それが今、なぜ焼けぼっくいに火なのか。業界担当のアナリストは手厳しい。
「キリンが凋落をアピールする一方、サントリーが企業買収で食品業界のトップ企業に躍り出たように、当時とは客観情勢が全く違う。サントリーの佐治会長が『今度こそウチがキリンを丸呑みする番だ』とホクソ笑んだとしても不思議ではない。いわばリベンジです」
かつてはビール業界で圧倒的な存在感を誇ったキリンHDも、今やアサヒの後塵を拝して久しい。それどころか、サッポロやサントリーの追い上げに遭って“独り負け”をアピールしている。昨年暮れのドサクサに乗じてキリンHDの三宅占二社長が今年の3月総会を機に代表権のない会長に退き、事業会社(キリンビール)の磯崎功典社長がHD社長に就くと慌ただしく発表したのも「詰め腹辞任のイメージを与えたくないための高等戦術だった」(情報筋)とされる。
昨年10月、そんなドロ沼のキリンを見透かしたかのように、サントリーは早々に手を打った。ローソン社長だった新浪剛史氏を一本釣りしてHDの社長に大抜擢したのだ。新浪社長は三菱商事の出身。キリン自体も三菱グループの一員とあって前出の情報筋は「新浪社長のヘッドハンティングは、佐治会長が仕掛けたキリン丸呑みシフト」と指摘する。
それはいかにも“もっともな話”だ。統合が表面化した'09年12月期、サントリーは売上高1兆5507億円だった。これに対し、キリンHDは2兆2784億円と大きく差がついていた。ところが昨年12月期はサントリーHD(2兆4552億円)がキリンHD(2兆1957億円)を逆転し、食品業界トップに躍り出た。
その余勢を駆って佐治会長-新浪社長コンビが業界盟主の座を不動のものにする秘策を練ったとしても不思議ではない。前出の証券アナリストは「サントリーが2020年に売上高4兆円の大目標を掲げていることがミソ。これを達成する近道は、立場が逆転したキリンとの統合がベストシナリオ」と指摘する。
「キリンの宿敵、アサヒという選択肢は今回の法廷バトルで消滅した。サッポロではまだ小粒。消去法からいっても、いわく因縁のあるキリン以外に有力候補は考えられません」
サントリー、キリンの関係者は一笑に付すが、実を言うと前回の破談は日経新聞のスクープが引き金だった。それだけにナーバスになるのも無理はない。
佐治信忠会長から直々にサントリーの社風として有名な「やってみなはれ」の言葉で招かれたという新浪社長。何を“やってみなはれ”なのかが、どうやら見えてきた。