悪者扱いされたニュージーランドだが、彼らの主張は、もっと関税を下げて乳製品の輸入を拡大してほしいという至極まっとうな要求だった。TPPの大原則は、例外なき関税撤廃なのだから当然だ。しかも、ニュージーランドは、TPPの当初からのメンバーだ。途中から入ってきたアメリカが、自国の競争力が弱い乳製品の輸入拡大を拒否している。本来なら、アメリカが悪者扱いされてよいはずだ。
しかし、この件は、いまのTPPの本質をよく表している。それは、TPPはアメリカが一人勝ちする不平等条約だということだ。
これまでの交渉で、日本はアメリカに対して大幅な譲歩を積み重ねてきた。それは、政府・自民党が指一本触れさせないとしてきた聖域でも同じだ。例えば、米国から輸入する豚肉は、価格の安い部位については、キロ当たり482円の関税を10年程度で50円に引き下げる。米国から輸入する牛肉の関税は現行の38.5%から15年程度で9%に引き下げるという。コメについては、まだ決着していないが、米国からの輸入枠を少なくとも7万トンに拡大するとしている。小麦についても未決着だが、事実上の関税に相当する「輸入差益」を大幅に引き下げる方向だ。
一方で、日本からアメリカに輸出する自動車にかけられている2.5%の関税については、撤廃が20年程度、先送りされた。しかも、輸入障壁があるとみなせば、相手政府を訴えることができるISD条項の導入も合意されている。TPPで日本は、損することばかりなのだ。
それでも多くの有識者は、「TPPは経済の問題ではなく、安全保障の問題だ」と主張している。もしアメリカの要求を受け入れなければ、米軍に日本を守ってもらえないというのだ。しかしTPP参加は、別の意味で日本の安全を脅かす。食料安全保障だ。
'13年に公表された政府の統一試算では、関税が撤廃されるなどのTPPの目標が完全に実施されると、農業の国内生産額は3兆円減少し、カロリーベースの食料自給率は現状の39%から27%へと低下するとされている。戦争になったときに一番国民を苦しめるのは食料不足だ。だから先進国は、国内自給を目指している。現時点の食料自給率は、アメリカ124%、フランス111%、ドイツ80%、イギリス65%。ただでさえ低い日本の食料自給率をさらに下げたら、日本はあっという間に兵糧攻めにされてしまうのだ。
今回、TPP交渉の最終合意が遅れたことで、日本政府が進める欧州との経済連携協定や東アジアの経済連携協定が遅れるという見方もあるが、私はそうではないと思う。日本が、それらをどんどん進めれば、アメリカは焦ってTPPで日本に大きな譲歩をしてくるだろう。
アメリカを無視して、欧州や中国に近づくようなことをすれば、アメリカとの交渉が暗礁に乗り上げるという見方もあるが、そうなったら対応は簡単だ。TPPから離脱するのだ。そのことで日本が受ける損害は、何もないのだ。