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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第20回 雇用の流動性強化の「意味」

 政府の産業競争力会議のメンバーなどから、雇用の流動性強化を求める声が上がり始めた。よりわかりやすく書くと「正社員の解雇を容易にするべき」という話だ。
 産業競争力会議は「成長産業への人材の移動が円滑になるよう、企業が社員に再就職の支援金を支払うこととセットで解雇できるようにするべき」と主張している。
 なぜ、産業競争力会議のメンバーなどは正社員解雇を容易にするよう提言しているのか。彼らの理屈は以下である。
 「企業が正社員を解雇しにくいから、逆に雇用が増えないのだ。正社員解雇を容易にすれば、企業は人を雇うようになり、失業率が下がる」

 これを読み「本当にそうなのか?」という疑問を抱いた読者は少なくないだろう。
 現在の日本で雇用の流動性強化を主張する人々は、ひとつ、大きな勘違いをしている。すなわち、彼らの提言は「成長産業であれば、雇用はあるはず」という前提に基づいているのだ。
 成長産業が真実、雇用を必要としているのであれば、失業者はそこに就職できる「はず」だ。それにもかかわらず、失業者が就職できないのは、企業側の雇用需要と失業者の能力の間に「ミスマッチ」があるためだ。
 失業者を教育し、雇用のミスマッチを解決すれば、失業率は下がる「はず」だ。同様に、企業の正規社員解雇を容易にすれば、成長産業に労働者が流れ、国民経済は成長できる「はず」である。
 大雑把に言うと、上記の何となくもっともらしい理屈に基づき、産業競争力会議などに集まった構造改革主義者たちは「雇用の流動性強化」を主張している。

 彼らの理屈には、色々と穴がある。本当に「成長産業(どこかは知らないが)」とやらに雇用需要があり、職種のミスマッチや雇用の流動性が低いことが理由で労働者が雇われないのであれば、人件費の水準が上がっていくはずだ。
 成長産業が「人材が必要」であるにもかかわらず、人が来ないならば、それこそ「市場原理」に基づき、人件費は上がる。人件費が上がれば「低成長産業(これまた、どこかは知らないが)」で働く労働者が自ら職を辞し、成長産業に流れるのではないか。
 あるいは、失業者が自らに教育や訓練を施し、「高い人件費」の成長産業に向かい、雇用のミスマッチは解消されるはずだ。

 構造改革主義者たちが勘違いしているのは、現実の世界には「雇用のパイが足りない」という事態が発生しうるという話である。
 具体的には、バブル崩壊後の世界だ。バブル崩壊後は、民間企業や家計が借金返済や銀行預金を増やしていく。借金返済や預金は「消費」でも「投資」でもないため、企業や家計がどれほど莫大なおカネを使ったとしても、モノやサービスが買われるわけではない。あくまで、モノやサービスの購入という形でおカネが使われなければ、雇用は生まれない。
 読者が100億円の銀行預金をしたところで、別に雇用が生まれるわけではない。銀行の借入金(銀行預金は銀行の借入金)が100億円増えるだけの話であり、雇用は生じないのだ。それに対し、100億円が工場建設(投資)のために使われれば、そこに1000人単位の雇用が生まれる。

 バブルが崩壊し、企業や家計が消費や投資としておカネを使わない時期は、モノやサービスが買われず、雇用のパイが縮小しているのだ。バブル崩壊後に雇用全体のパイが小さくなっている環境で「雇用の流動性強化」、企業の正規社員解雇を容易にすると、単にリストラクチャリング(企業が収益構造の改善を図るために事業を再構築すること)が進むのである。
 すなわち、雇用需要がない企業が「喜んで」従業員を解雇していくことになるのだ。とはいえ、経済学者たちの期待にそぐわず、「成長産業」とやらが失業者を雇用してくれることはない。単に、国家全体の失業率がひたすら上昇していくことになる。

 「そんなことはない! 雇用の流動性を強化すれば、失業率は下がる」
 と主張する構造改革主義者、経済学者は、現在のスペインの状況をどのように説明するのだろうか。
 '08年にスペインで不動産バブルが崩壊し、失業率が上昇していった。スペイン政府は「失業率を下げる」ことを目的に、2010年に「正規社員解雇を容易にする」形で労働市場改革を行った。まさに、雇用の流動性を強化したわけだが、その後のスペインの失業率は却って悪化し、現在('13年1月)は26%を上回っている。さらに、若年層失業率に至っては、60%に近づいているのだ。
 スペインは「若者の雇用を改善する」ことを目的に、雇用の流動性強化を実施したのである。すると、正規社員が解雇され、職がない若者と「雇用の奪い合い」を始めた。
 とはいえ、そもそもスペインの企業側に雇用需要がないため、単に失業率が上昇していくというオチになったわけである。

 日本国内で雇用の流動性強化を叫んでいる人たちは、一体、何が目的なのだろうか。企業が人件費を削ることを容易にし、純利益と配当金を拡大しやすくしたいだけではないのか。
 現在の日本にとって必要な労働政策は「雇用のパイ」を拡大することだ。パイが拡大していない環境で雇用の流動性を強化したところで、失業率上昇を引き起こすだけである。
 雇用の流動性強化に限らず、政府の各会議に入り込んだ構造改革主義者の「甘い言葉」を信じてはならない。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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