これは胃の内容物が逆流するためで、胸やけや胃がもたれた感じがする。胃の粘膜(胃壁)は酸には強いが、食道壁はそれほど強くない。そのため、この症状を放ったままにしていると胃や食道が痛んだり、ひどくなると食道に潰瘍や癌を生じたりする、危険性の高い病気でもあるのだ。
胃と食道の間には、「下部食道括約帯」と呼ばれる筋肉があり、胃酸や胃の中の物が食道へ逆流しないように弁のような働きをして防いでいる。しかしGERDは、加齢など何らかの理由で下部食道括約帯の働きが鈍くなり、逆流が起きるといわれる。
ある会社員Nさん(51)の例を紹介しよう。Nさんは大の酒好きで、取引先との付き合いや同僚たちと毎晩のように飲んでいる。ところが、あるときからビールをぐびぐび勢いよく飲んだ時に限って、胸が痛むようになった。ゆっくりと飲むと痛まないし、焼酎やウイスキーの水割りだと何ともない。
頭の隅で気になりながらも、毎晩酒を飲み続けていると、今度は寝起きの朝、胸が痛むようになった。初めはすぐに治まったが、症状は次第に悪化。鈍い痛みが数十分続き、一瞬ながらも、うずくまるほどの激しい痛みに襲われるようになった。
同僚に何気なく相談すると「胸の痛みはやばい。狭心症かもしれない」と病院を強く勧められたが、総合病院の循環器科で検査を受けると「異常なし」。改めて他のクリニックで人間ドックを受診し胃カメラ検査を受けてようやく原因が「逆流性食道炎」であることが判明、担当医からは、「食道の粘膜がひどくタダレている。逆流性食道炎です。このままだと食道に穴が開きますよ」と告げられた。
「逆流性食道炎の病名は知っていましたが、胸やけを起こす病気というイメージでいました」とNさん。
都内で総合クリックを営む、医学博士で消化器疾患に詳しい久富茂樹院長はこう説明する。
「胃食道逆流症は、確かに胸やけを起こしたり、のどの奥を酸っぱくさせる(呑酸)症状があります。しかし他にも、胸の痛みと咳きといった症状もある。来院する患者さんのほとんどは、Nさんと同じく、胃食道逆流症は胸焼け・呑酸というイメージを強く持ちすぎているんです。そのため、このミスマッチで適切な治療が受けられない事が少なくありません」
久富院長によれば、胸やけを訴えた人の診察結果は、「逆流性食道炎」が13%、「狭心症」の場合も約10%、食道の痙攣や消化管の潰瘍も約5%近くあることが研究調査で判明しているという。
「ご存じと思いますが、狭心症は重篤の病気です。決して見逃してはいけませんが、胸痛があるのに狭心症が否定されたら、循環器よりも消化器科で調べてもらった方がいいと思います。また、長引く咳の場合も普通は咳喘息(せきぜんそく)など呼吸器の病気か、副鼻腔炎など鼻の病気を疑います。そうでなければ、やはり胃食道逆流症の可能性が高いでしょう」(同)
加えて、慢性の咳の原因も、半分近くが咳喘息で、15%ほどが副鼻腔炎、そして逆流性食道炎も4%あるという。