それを見越してメジャー球団の方も動きを見せている。先陣を切ったのはアリゾナ・ダイヤモンドバックスで、8月15日に球団幹部4人がマツダスタジアムを訪れ、ネット裏最前列に陣取って視察した。この4人の中にメジャー屈指の大監督だったトニー・ラルーサ(現・球団編成責任者)や通算303勝の殿堂入り投手ランディ・ジョンソン(現・球団社長補佐)がいたため、この視察は米国のメディアでも報じられ、地元メディア『インサイド・アリゾナ』は「ダイヤモンドバックスは前田健太獲得に向けギアアップすることになる」と書いている。
視察した大投手ランディ・ジョンソンは「前田は速球だけでなく、カーブ、スライダー、チェンジアップ全てで、どんなカウントからでもストライクを取れるし、組み立て方も見事」と感想を述べており、今オフ、先発投手の補強が急務のダ軍がマエケン獲得に向け積極的に動くのは必至の情勢だ。
ただマエケン獲得競争で本命となるのはダイヤモンドバックスではなく、可能性が高いのはレッドソックスだ。レ軍は昨オフ、トレードを活発に行って先発ローテーション5人のうち4人を入れ替えたが、これが大失敗。今季は先発投手の防御率がリーグ最下位という惨状を呈しているので、今オフは大金を注ぎ込んで先発の1、2番手で使えるレベルの投手を補強しなければいけない情勢だ。
マエケン自身も「メジャーへ行くならヤンキースかレッドソックス」と語っており、レ軍は意中の球団だ。提示された条件が他球団より多少悪くてもレ軍を選択する可能性が高い。
そのほか、マエケン獲得競争には、表にある数球団が参入することになるだろう。この表にヤンキースの名がないのは、不良資産化している高額年俸のベテランを多数抱えているため、今オフも補強に回す予算が乏しいからだ。
契約規模はどれくらいになるのだろうか。
米国ではオフに入ると有力スポーツメディアがFA選手の「トップ50ランキング」を発表するのだが、マエケンは昨オフ、どのランキングでも10位前後にランクされ、6年1億ドル(120億円)〜7年1億2000万ドル(144億円)規模の契約をゲットする可能性が高いと見られていた。しかし今オフは値段がやや下がり、4年6000万ドル(72億円)から5年8000万ドル(96億円)規模になると見られている。
「契約規模がやや縮小すると見られているのは、一つにはダルビッシュのトミージョン手術や田中将大の2度のDL入りで、日本人の先発投手は故障リスクが高いという認識が広がっているためだ。もう一つ、今オフのFA市場は先発投手にいい出物が結構あるので、売り手市場にならないことも影響している」(スポーツ専門局のアナリスト)
大リーグ球団が1億ドル以上の投資を行った日本人投手は松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大の3人だが、どのケースでも「1億ドル投手」の重圧がマイナスに作用し、不調や故障で期待通りの働きができなくなると、地元メディアの批判にさらされる原因になった。それを考えれば6000〜8000万ドルが一番望ましい規模なのかもしれない。
今オフ、メジャー挑戦を目論んでいる男がもう一人いる。楽天のセットアッパー・青山浩二(31)だ。
青山は'12年にはクローザーを務めたプロ10年目のベテラン右腕で、'13年は制球が安定せずクローザーからセットアッパーに降格し現在に至っている。キャリアが長い割に知名度にも欠けるため、日本のメディアの扱いは地味で、スポーツ各紙はメジャー契約で獲得に乗り出す米国の球団はないという見方をしている。
しかし筆者は、メジャーで活躍できる余地はけっこうあると見ている。制球力のある右のスライダーピッチャーだからだ。
米国に渡って大化けした右のスライダーピッチャーと言えば、すぐに思い浮かぶのが斎藤隆である。メジャーでは、日本に比べストライクゾーンが外側にボール1個半ほど広くなるため、制球のいいスライダー投手は願ってもない環境で投げることになる。斎藤はそのメリットをフルに活用し、名門ドジャースでクローザーを3シーズン務めた。
斎藤は帰国後、楽天に所属し、青山はその斎藤から多くのことを学んでいる。速球の威力は斎藤に及ばないが、スライダーの制球と威力は師匠に見劣りしない。「低年俸でよく働く日本人のベテラン中継ぎ投手」になる可能性は十分ある。
スポーツジャーナリスト・友成那智
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は各媒体に大リーグ関連の記事を寄稿。'04年から毎年執筆している「完全メジャーリーグ選手名鑑」(廣済堂出版)は日本人大リーガーにも愛読者が多い。