とはいえ、5回を2失点に抑えたのだから、そう悪いピッチングだったわけではない。レンジャーズ、ないしエンジェルスが対戦相手だったら勝ち投手になっていた可能性もあるが、今回は相手が悪かった。
筆者は先々週号のこの連載でワイルドカードの対戦相手がアストロズになった場合、投げ合うのが今季サイヤング賞を有力視されている左腕ダラス・カイクルになるので苦戦が予想されると書いたが、その通りになってしまったのだ。
この敗戦で田中の2015年シーズンは終了したので、今回は日本のスポーツメディアとは異なる視点で総括を行ってみたい。
Q1:年俸に見合った働きができたか?
A:5割程度の働き。今季田中はWAR(貢献ポイント)が3.1である。これは1240万ドルの働きをしたという意味なので、年俸2200万ドル(26.4億円)中、56%の働きしかできなかったことになる。昨季もひじの故障でシーズン後半欠場したため1320万ドルの働きしかできなかった。2年間のトータルでは4400万ドルのサラリーに対し2560万ドルの働きで、サラリーの58%しか働いていない。来季もこの程度の働きしかできなければ、口うるさいニューヨークのメディアから「ヤンキースは高い買い物をした」と叩かれるようになるだろう。
Q2:防御率が大幅に低下したのはなぜ?
A:一発病。昨季、田中の防御率はベストレベルの2・77だったが、今季は中の上レベルの3.51に低下。最大の要因は被本塁打が15から25に増えたからだ。
Q3:登板間隔は?
A:8割は中5日以上の登板。今季はヒジの故障の再発を防ぐため通常の中4日で起用されたのは5試合だけで、19試合は中5日か中6日の登板だった。
Q4:もっとも評価の高い球種は?
A:スライダー。野球データサイト『FANGRAPHS』が出している球種別の評価点(ピッチバリュー)を見ると、今季の田中はスライダーの評価点が10.2でア・リーグ3位、スプリッターは8.9でア・リーグ4位と、看板ピッチと思われているスプリッターよりスライダーが高い評価を受けている。カッターも評価が高く、4.5という評価点は「中の上」レベルでも「上」に近い数字だ。
Q5:もっとも評価の低い球種は?
A:速球−田中の速球は2種類ある。通常のフォーシームとシュートする軌道を描くツーシームだが、どちらもメジャーでは急速も威力も平均以下。球筋も素直なので、甘く入ると長打を食らうことが多く、『FANGRAPHS』のピッチバリューではマイナス17.5という低い評価点がついている。これは、今季ア・リーグで120イニング以上投げた58人の先発投手のうち56番目に低い数字だ。そのため相手打者から狙い撃ちされることが多い。
特にイニング最初の投球は、たいてい速球を投げ込んでくるので、先週行われたアストロズとのワイルドカード・ゲームでは、イニングの先頭打者が速球に山を張って初球から振ってきた。その結果、2本スタンドに運ばれ負けられない試合で黒星が付いてしまった。
Q6:相性のいい捕手は?
A:マーフィー。メジャーファンなら田中の女房役と聞けば正捕手のブライアン・マッキャンを思い浮かべる。しかし、バッテリー防御率はマッキャンと組んだ試合が3.71であるのに対し若い第2捕手ジョン・マーフィーと組んだ時は2.83で、ずっといい数字が出ている。今季はゲームでもマッキャンと組んだ時はサインに3度以上首を振るシーンが何度もあり、バッテリー間の意思の疎通がイマイチであることを伺わせた。今季田中が先発した試合ではマッキャンが19試合、マーフィーが5試合女房役を務めたが、来季はマーフィーと組む試合が大幅に増える可能性がある。
Q7:最大の長所は?
A:出塁させない能力はリーグNo.1。メジャーではチーム間の得点力に大きな開きがあるため、勝利数より防御率、WHIP(1イニング当たりの「被安打+与死球」)、QS(6回以上を自責点3以内に抑えた回数)の3つが重視される。田中は今季、WHIP(0.99)はア・リーグの先発投手(120イニング以上)でもっともいい数字だった。WHIPは出塁させない能力を見る指標(=安定感)なので、それに関しては田中がア・リーグでNo.1ということになる。
そのほか四球を出さない能力、盗塁を許さない能力も屈指のレベルである。それでいながら防御率が3点台中頃の数字になってしまったのは、ひとえに一発を食い過ぎたからだ。
スポーツジャーナリスト・友成那智
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は各媒体に大リーグ関連の記事を寄稿。'04年から毎年執筆している「完全メジャーリーグ選手名鑑」(廣済堂出版)は日本人大リーガーにも愛読者が多い。