『江藤淳は甦える』平山周吉 新潮社 3700円(本体価格)
★没後20年、明かされる多くの新事実
「そんなんもろたら立ちションでけへんようになる」とは、かつて国民栄誉賞を打診された際に世界の盗塁王、元阪急の福本豊が放った名セリフ。野球ファンでなくともよく知られたこの話を先日、ある青少年向け専門誌の求めに応じて書いた文章の中で引用したところ、編集部より“教育的見地から好ましくないので、「立ち○○○」とさせてほしい”とクレームが。
そんな表現に変えたらかえって勘の鋭い読者を刺激して、立ち○○○を立ちバックだとでも想像されたらどうするのか、と検閲の甘嚙みっぷりに内心呆れつつ要求は呑んだが、今思えばそんな検閲の存在すら受け取る側に一切感じさせない、いや感じ取ることすら禁ずる徹底して隠微な言論統制を敗戦後の日本に強いたのこそがGHQだった。そしてその実態を、米国の公文書館での史料分析を通じた占領史研究の過程で70年代末から告発し続け、保守論壇の側からも攻撃を受けたのが江藤淳だった。
「夏目漱石」で少壮の文芸評論家として出発し、60年代以降は保守派文化人の重鎮であり、最晩年には当時の小渕首相から文科相での入閣まで要請されていたという彼の文業とは何だったのか。批評家でいながら「昭和の宰相たち」など歴史を素材に重厚なドキュメント・ノベルも手がけた江藤の、山本権兵衛を描いた大作『海は甦える』を匂わせるタイトルの本書は、自殺直前の江藤から最後に直接原稿を渡された編集者だった著者による画期的な労作。
綿密な取材のもとゴシップ的興味も満喫させながら、評伝の形で骨太な墓碑銘が刻まれたかのよう。没後20年を迎え横浜市の神奈川近代文学館で企画展が7月15日まで開催中。本書を携えての訪問を併せてお勧めする次第だ。
(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
『ただジャイアンツのために』(廣済堂出版/1600円+税)は、昨シーズンをもって引退した山口鉄也・元巨人投手の自伝である。
タイトルが示す通り巨人への「感謝」と「愛」をつづっている。ご存じの方も多いだろうが、彼は高校卒業後に渡米し、4年をMLBのルーキーリーグですごした。ルーキーリーグとは7段階あるマイナーリーグの最下位組織。つまり、芽が出なかった。
帰国したものの、日本のプロ球団のテストにも落ちた。唯一、巨人だけが育成選手として契約してくれた。そして、2年目の開幕直後に支配下選手登録され一軍初登板。以降はブルペンの中心選手として、フル稼動していくことになる。
山口を語るとき、プロ通算11年、9年連続60試合登板という日本記録が引き合いに出される。35歳での早い引退の原因を「投げすぎ」「酷使」にあると、暗に巨人を批判する声もあった。
だが、本人は「巨人愛」と「感謝」を口にする。そこには、決してエリートではなかった選手に、働く場所を提供してくれた球団への尽きぬ想いがある。勝利に貢献することだけを願い、ただ、ひたすら投げ続けた。そんな選手は今の時代、多くはない。
清々しいほどの純粋さを持ったピッチャーだった。だからだろう、本書からは先輩、同僚選手に愛された姿が、十分に伝わってくる。
現在は子どもたちに野球を教える「ジャイアンツアカデミー」のコーチ。これほどの適任者も、またそうはいない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)