「この急性大動脈解離という病気は、高血圧の人なら誰でも起こす恐れがあります。それもまだ現役の40代、50代の元気で、一番仕事で脂が乗っている人が多く、サラリーマンも注意が必要です」
こう語るのは、東京都健康長寿医療センター・桑島隆彦顧問だ。
目標に向かって、目の前の仕事をバンバンこなし、これまで病気とは無縁、そんな人が突然倒れたら、家族も勤め先の会社も大変で大慌てするだろう。どんな生活が危ないのか、桑島顧問がこんな例を引き合いに出して説明してくれた。
ある商社マンのBさん(49)は、毎日現地駐在員と連絡を取りながら、ブラジルとの取引拡大を狙っていた。日本との時間差は12時間で日本が夜10時なら、ブラジルは同じ日の午前10時。向こうの時間に合わせ、帰宅してから電話で現場とのやりとりをすることも少なくない。
その上、緊密な相談やトラブルなど、何かあればブラジルに飛ぶ。寝る時間はせいぜい4時間前後。社内健診では、毎年のように高血圧を指摘されていたが、自覚症状がなく、忙しくて受診するヒマもないまま、無視していた。
血圧は、上は140台後半から下100前後だった。だが、放置していた高血圧を引き上げたのには理由があった。自分の親の介護に伴う妻とのトラブルだった。そんなこともあって血圧上160台から下110台に上昇する。
その後、久しぶりに飲みに出かけた翌朝、自宅で倒れた。直ぐ近くの医院に駆け込んだが、「急性大動脈解離」と診断された。
胸や背中などがバットで殴られたような激痛に見舞われ、解離した部位が、発症15分で命を落とす危険なタイプだった。院長の機転で大学病院に転院でき、九死に一生を得たという。
高血圧に睡眠不足を重ねて仕事をするのは、サラリーマンなら当たり前。家庭内トラブルだって、避けては通れない。しかし、それがこの病気の下地、源泉になっているのだ。
そもそも「大動脈解離」とは、どのようなものなのか。
心臓から全身に血液を送る最も太い動脈である大動脈の壁(血管壁)に血液が流れ込み、外膜・中膜・内膜の3層になっている大動脈壁の内膜に亀裂が入って中膜が急激に裂けていく(解離する)病気が大動脈解離だ。高血圧の人に起こりやすく、致死率が高いので油断は禁物。最も注意が必要だとされる。
急性大動脈解離を発症するとどんな状態になるのだろうか。Bさんの例を紹介したが、ある医療関係者はこう説明する。
「突然、胸とか背中をバットで打ちつけられたような激痛が起こり、その痛みは背中から腰へと移動することも多い。大動脈というのは心臓から上に向かって出て、弓状に曲がって背骨の横を通り、腹部、腰部と伸びています。内膜の裂け目は血流の圧力が最もかかる弓状の部分にできやすく、激痛は内膜と外膜の間の中膜が裂ける時の痛みです。その血管の解離が、お腹や腰のほうまで及ぶと痛みが移動します」
最大の発症リスクは高血圧で、60代から70代に多い。それも日中の活動時間帯に起こりやすいという。
「発症した場合、すぐに病院へ緊急搬送し、至急、治療を開始することが重要になります。発症時の状態によっては、突然死(24時間以内の死)を引き起こすからです」(医療関係者)
★高血圧の人はしっかり治療
大動脈解離を起こすと、大動脈から脳や各臓器に向かう枝の動脈が詰まって血行障害による合併症を起こす恐れも出てくる。大動脈が破裂してしまうと、殆ど助からないといわれる。
ただ、発症頻度は10万人当たり年間3人から5人とされるが、実際、どれくらいの人が突然死で亡くなっているかは、はっきりと分かっていない。
東京都監察医務院の突然死の解剖例でみると、大動脈解離で死亡した人の約60%が病院到着前で、93%が24時間以内だとしている。
また、こんな見方もある。
「急性大動脈解離になった人の血管は、高血圧で動脈硬化を起こしているため、ゴムが劣化したホースのように傷が出来やすいのです。
血管はバームクーヘンのような3重構造になっていて、あるとき突然、内側の傷口から血液が流れ込み、2層目が剥がれるのが、この病気の特徴です。高血圧を放置していると血管は劣化の一途をたどり、さらにストレスや飲酒が発症の引き金を引くことになりますので気を付けてください」(同)
都内で総合医療クリニックを運営する久富茂樹院長は、「とにかく高血圧を発症していると言われた人は治療をしっかりと受けてください」と訴える。
日本では30代以上の2人に1人が高血圧を発症しているが、治療を受けているのは2割のみ。8割の人は血管が慢性的にダメージを受け、ボロボロのホースのようになっている、と言っても過言ではない。
「高血圧を悪化させる材料は、飲酒や喫煙、睡眠不足、家庭内トラブル、上司のストレス、部下からの突き上げなど、サラリーマンにありがちなものばかり。『オレは大丈夫』などと甘く見ている人は、無理をしてリスクを重ねやすいから危ないのです」(久富院長)
また、この大動脈解離は2つの「型」に分類され、その型により治療法や予後の生存率が違う。大動脈の上から弓部分に解離があればA型、弓部から先にだけ解離があればB型だ。
「A型の1カ月後の生存率は、内科治療のみでは50%程度で、外科治療では80%です。そのため、診断された時点で緊急手術となります。解離した部分を含む血管を人工血管に置き換える手術が行われます」(循環器血液外科医)
一方、B型で合併症がない場合の1カ月後の死亡率は内科、外科治療ともに10%程度で差がない。B型治療は薬を使った降圧療法が行われ、3年後の生存率も75〜80%と高い。ただし、発症の割合はA型が60〜70%と圧倒的に多い。
とにかく、大動脈解離の第一の原因は高血圧なので、日常の血圧管理がとても重要。これまでにない激痛に襲われた場合、ためらわずに救急車を呼ぶことだ。